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ITエンジニア界隈で本やイベント、技術系の話などを書いています。

【感想】『挫折論への招待』みんなの挫折論への私的回答@ #技術書典 6

感想記事アクセス御礼!

 GWも終わって平常運転開始です。技術書典6直前に砲撃ハッシャした『挫折論への招待』のフライング感想記事、多数のアクセスを頂きありがとうございました。技術書典の前後もその後もだいぶブログアクセスが増えました。
 今回はサークルとしての依頼でしたので電子版を入手後に電車の中で何度も何度も通読して正しく読み取ろうと努め、長めの感想記事にしました。自分的にはまず著者陣のGrowthfactionの皆さんがとても喜んでいたのが良かったですね。僕もいろいろ活動してきたので、生み出したモノに反応が返ってくる嬉しさはよく分かります。このフィードバックの連鎖がエモさになって、世の中をより楽しくしていくのだぜ……!

iwasiman.hatenablog.com

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『挫折論への招待』みんなの挫折論への私的回答

 さて同書の付録B「みんなの挫折論」はネット上でのアンケート募集に応えた計26人の寄稿から作られています。前作『セイチョウ・ジャーニー』の時は感想ブログやTwitterハッシュタグでこのアンケートに答えるのが流行りました。今回もハッシュタグ「#挫折論への招待」で時々似たような感想ツイートを見かけます。

togetter.com togetter.com

というわけでこのエントリでは、このみんなの挫折論に私的回答を載せてみようと思います。べっ別に……こんなことなら寄稿しとけばよかったとか…あとで思ってるわけじゃ…ないんだから…ね……///

プロフィール いわしまん

 いわしまんと申します。最近流行りの(?)の言い回しを借りるならJapanese Traditional Big Company系列なところにいます。
就職超氷河期のインターネットの夜明けの時代に金融系のシステム会社に入り、いまレガシーな開発からの転職を考えている方々とだいたい同じような理由で転職。当時は2010年代の今とはまた状況が違うのでSIer(しかしSI事業以外も色々やってるので総合ITベンダーがたぶん正しい)に入り、その中で紆余曲折ある中で武器を磨き、生存戦略を図り、かつてはプログラマ/エンジニアの定年と称された35歳を超えてもふつうにコードを書いて開発しています。最近はアーキテクト的なことをしています。現在ネットで情報発信しているITエンジニア界隈の皆さんの中では比較的珍しいキャリアパスかなと思います。
 へーしゃでは技術者の呼び方はすべからく伝統のシステムエンジニアですが、自分がやってることはほぼソフトウェアエンジニアです。Web開発が主ですがWebエンジニアなのかは定義が文脈によって違うのでよくわかりませんw

このブログのaboutページや2017年にリブートした時のご挨拶&自己紹介はこちら。

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 インターネットがない時代に転職したエモめの昔話はこちら。 iwasiman.hatenablog.com

 Podcastは『しがないラジオ』 sp.53a/b、『aozora.fm』24回のゲスト出演でもそのへんの話や自己紹介諸々のお話をしております。

shiganai.org shiganai.org fortegp05.github.io

あなたにとって挫折とは?

 『挫折論への招待』の中でも人によって定義に微妙に差異がありますが、失敗の中で特に大きく自分へのダメージが大きいもの、今後の目標達成への行動や計画に影響があるもの、とでもします。

あなたはどのような挫折をし、どうやってのりこえましたか?

 「みんなの挫折論」では人間としての成長過程の学業での挫折を上げた方も多かったですね。

  • 大学に指定校推薦で入れたものの専攻の電気電子工学が面白くなく、自分が今後の人生で何をしたいのかが定まらずに悩んで迷走。3年の時に忙しすぎて必修科目をひとつだけ落として留年。これは後から考えると心に余裕を持って1年過ごせたし良い経験だったのですが、まだ若く自尊心も高かった当時の自分にはかなり大きい挫折でした。復活まで長い時間を要しました。

 「みんなの挫折論」で仕事面での挫折を上げた方も多かったですが、こちらでの大きい失敗や挫折も、特に駆け出しの時期に色々あります。

  • 社会人1年目の秋にレガシー金融の世界から意気揚々と脱出転職を果たしたは良いものの、配属先は4月入社の同期は1人いたが残りは全員年の離れた主任クラス。年の近い先輩のロールモデルがおらず、能力が違いすぎて大苦戦。直属の上には完全放置され大苦戦。自分はエンジニアに適性がないのではと思い悩む。当時個人サイト運営を通してWeb制作関連にも興味が出てきており、そっちの方へ行った方がよいのかと思ったこともあった。(当時から「Webデザイナー」「Webディレクター」という呼び名はありましたが、「Webエンジニア」という言葉が生まれるのは21世紀になってからです。)
  • その後も年が上からのマウンティングや仕事力・技術力でのマウンティングを受けることはあり、自己肯定感が低い状態で過ごしたことも。
  • 誕生したばかりで安定していないMicrosoftの某技術を使う・短納期・人だけ集めた人海戦術で対応・技術的に詳しい人がいない・社外の別コンサルが絡む…とリスク要素てんこ盛りの大炎上プロジェクトに入って大炎上。「問題vs私たちの構図」でなく原因を人に求める炎上プロジェクトによくある現象が起き、悪者にされて理不尽な目に合う。元旦も仕事をするという過去1回しかない経験をする。大赤字を出した問題プロジェクトで残業手当がたっぷり貯まった。
  • ある程度信頼していた上司が教育のつもりだったのか冷たく突き放した敵対的な行動をとるようになり、不信感がどんどん増して関係が悪化する。その中でハードなプロジェクトが進んで炎上挫折。自分がまったく気づいていないうちに定常作業にミスが増えるのを上位上司が見つけて話す場を設け、高ストレス下にあるのをやっと自覚した。
  • 超短納期・しょっちゅう連絡して理不尽な要求を出してくる顧客・ころころ変わる不安定な仕様・足りない人員・ビジネスパートナーさんのスキル不足・上司のサポート不在…とこれまたリスク要素だらけの地雷プロジェクトをリーダーとして頑張ろうとして挫折。最初は全部自分が頑張ってカバーしようとして徐々に回らなくなり、自分がボトルネックになっているのに気付けない所まで落ち込む。非常に困難な状況が続き、メンタルが弱い人なら休職したであろうところまで行った。
  • 負荷が高い部署で自分の得意分野が生かせず、開発から離れて人の管理など望まぬ仕事をやらされそうになる。上もパワハラ気味。今まで築いてきたキャリアがここで終わってしまうのかと落ち込んで挫折しそうになり、仕事へのモチベーションもパフォーマンスも大いに減退した。

 これまで経験した多数の仕事の中で特にやばいやつの紹介みたいになってきましたが(笑)、乗り越えた方法はその都度様々でした。

  • じっと待つ。時が解決してくれることもある。
  • 負荷が高い状態でなく一休みできる状態にある時に、自分を振り返ってみる。
  • 普段は話していなくても、家族など人に話してみる。話すだけで気が晴れることもある。
  • 没頭できる趣味を持って頭を切り替える。
  • 会社と違う世界で人と接点を持つ。(当時はエンジニア界隈ではまだ活動していませんでしたが、TRPGというジャンルで知り合いが多数いました。)
  • 仕事で経験を積み、自分の武器を磨く。それだけで立ち向かえることもある。
  • 社内で異動して解決する。この時は後ろだてしてくれた人もおり、面白いことに移ったとたんにモチベーションもパフォーマンスも超回復した。
  • 視野を広げる。プロジェクトを生き物として観察し、社内で人を観察し、失敗から学び、全体が見えるように視座を高め、インターネットや書籍を通して会社の外の世界からも情報を得る。

 この視野を広げるという行動や経験を積むうちに、自分は徐々に以下を学ぶようになりました。

  • 学卒で情報系を出ていないというハンデがあったものの、自分は特に能力が劣っていた訳ではなくもっと自己を肯定してよかった。それどころか2000年代から始まったWebの時代に社内でも早期から触れており、キャリアの進め方としては成功していた。(このへんが徐々に分かってきてから、自分はエンジニアの生存戦略をより意識して行動するようになりました。)
  • 炎上プロジェクトの原因はほぼ運用や体制、マネジメントにあり、エンジニア個人個人に原因があるわけではないケースがほとんど。振り返ると自分の場合もそうだった。(『挫折論への招待』3章のてぃーびーさんの話とまったく同じ!)

 これらを学んでから、自分は仕事面では以下のようなことに気をつけるようになりました。

  • 人に頼ることを恥としない。自分の場合はまず自分の力でなんとかしようとする性質があり、これが悪い方向に働いていた。(『挫折論への招待』1章のゆのんさんの話や、5章のミトミクさんのストーリー中盤の展開と同じ! そしてこれは割といろんな人の失敗談に出てきます。)
  • 逃げることを恥としない。撤退はプロジェクトマネジメント上も普通にある戦略である。
  • 声を上げる。何もせず黙っていると、仕事してます・できますアピールをする人間やすぐ文句をつける人間が得をする状況が発生する。
  • 物事に立ち向かう時は人々と協力して立ち向かう。
  • そして共に働く人々のことをより知り、味方を作っていく。
  • 己を知る。自分の主軸は開発能力なので、なるべくマネジメントが得意な人と共にうまく働く。
  • 孤立無援の状況に身を投じない。またその状況を作らない。(リスクのある案件に人を単独で突っ込むような進め方は得るものも少なく、弊社でも少なくなってきました。)
  • 自分がコントロールできないことは放っておいて、コントロールできることに注力する。(挫折論4章のヨコヤマリョウさんの話や、みんなの挫折論にも登場)
  • 良い意味での無責任さを持つ。自分がやらなくても、どこかの誰かがやればよいこともある。自分たちは撤退しても、全社のどこかの誰かがなんとかすればよいプロジェクトもある。(こういうシーンでは規模のあるSIerは強いです。)

  • フィジカル・メンタルの不調は、人間の判断力や思考力、パフォーマンス諸々に驚くほど影響することを知る。体力があって無理がきく若いうちはこれになかなか気付けなかったりする。

  • そしてフィジカル・メンタルの不調や普段と違う自分に、自分から気付けるようにする。(セルフ・アウェアネスというやつや、挫折論5章のミトミクさんのメタ認知能力など)
  • 普段と自分が違うことに気付けたら、深呼吸したり一休みしたり何かする。張り詰めた状態で仕事を続けると体と心に良くない。(そして挫折論2章にあるように、マインドフルネスを実践するとさらに良いのでしょう。)
  • 疲れている時や普段と違う時は、大事なことや大きいことを考えるのはやめる。
  • 職務遂行能力と、人に教える力や育てる力は別であることを知る。ITエンジニアには教えるのが下手な人がけっこういる。
  • 他人、特に年齢や立場が上の人間の言うことは、正しい時と間違っている時と両方あることを知る。その知見や経験に従うべき時も、盲信は避けるべき時もある。

 挫折の回避・防止の話というよりはエンジニアの生存戦略っぽい話になってきましたが、こんなところです。
「みんなの挫折論」も含めて読んでいくと突き詰めると根幹は同じような話も出てくるし、技術書典6で拝見した本ですと『エンジニアの心を整える技術』『理論と事例でわかる自己肯定感』あたりの内容と繋がっていく話もあるし、なかなかこのへんの人の心に関る話は奥深くて面白いですね。