シリーズ3冊目は覚悟・決意の本
成長と充実のハードルを下げることを目的としたコミュニティ、Growthfactionによる技術同人誌。成長を扱った『セイチョウ・ジャーニー』、挫折を扱った『挫折論への招待』に続いて3冊目のテーマは「覚悟・決意」。それぞれのメンバーが最近の自分の活動やこれまでのキャリアを通して、あるいは小説の形で腹のくくり方を語りつつ再現できる技術として語っている本になります。
今回の表紙は大きな扉に太い書体と、何やら暗示的なデザインです。表紙デザインはもっとさんとのこと。(@mottox2)
第1章 『これは私の物語だ』 - ゆのん
ロマサガ リ・ユニバースなどのゲームでもおなじみのアカツキ社でご活躍中のゆのんさんの章。(@yunon_phys)
章タイトルが既にエモエモなワードですが、これは(自分は遊んでないのですが)FF Xのアーロンのセリフで、現社に入る最終面接でCEOから言われてその後も記憶に残った言葉なんだそうですね。
そんなゆのんさんに訪れた最大のハラククリタイムは、2020年の経営会議。開発の効率化をアサインされたところでこのワードを思い出し、自分が衝突を避ける傾向があるのを過去のコーチングから理解してきたこともあり、さらに大きな役割を求めることを申し出たのだが……という物語。
場面を想像するとなかなか臨場感があり、そうかこのハラククリから、新たなフェイズのゆのんStoryが始まったのか……と知ることができます。
後半では人間の内面の動きには感情と特性があり、これを客観的に認知し、それが外面的な発言・行動・態度にに繋がる...という話が科学的に論じられています。自分自身を正しく知り、自分自身の物語、自分事として捉えた時、自分で自分の背中を押して前に進めるシーンもあるのだな……と思いました。
PodcastのEM.FMでもおなじみのゆのんさんといえば、役職のVP of Engineeringが印象に残っているのですが今はChief of Staff, Gamesにまた変わっています。そこに至るエピソードが一緒に知れる章でした。
本章と関連する話が載っているインタビュー記事。
最近Podcast『fukabori.fm』にもゲスト出演されています。
第2章 軸が生み出す好循環 - てぃーびー
界隈で概念存在としても知られていた……じゃなくてネットで公にしていた転職活動が2019年7月に終了、エンジニアからジンジニア(人事ニア)に転身したてぃーびーさん(@tbpgr)の動きを振り返りながら、「軸」に着目したてぃーびー流ハラククリカタを見ていく章。
書籍の『ザ・コーチ』を読んだことからストレングスファインダーを診断して強みを認識、過去の経験の分析からも強みを認識、自分がやりたいことを整理……と進んでいきます。Wantを知るための洗い出しに半年かけたというのがすげー!ってなります。
その後社内で大きく影響を受けていた同僚の転職から転機が生まれ、未経験の人事領域に見事転身することに。てぃーびーさんの場合は特に意識的に腹をくくった気持ちはなかったとのことで、やはり自分を深く知って継続的な活動をしてきたからなのだなというのが分かります。
ハラククリ状態にあったからできたこととして上げられているのは……
- 継続:今までより英語が業務の中で役立つという報酬があったから、継続的な英語学習が捗った
- 大胆な行動:リターンが大きい事、今まではリスクを過大評価していた事に気づいたから、オフラインでもより大きな活動をするように:
- 大きな機会:「計画的偶発性理論」の通りに、大胆な行動がその後の取材やイベントなど各種の活動に繋がり、デブサミ登壇へ
- 知的活力がみなぎる:軸が固まったことでバラバラだった個々の活動の目的、達成感が集約し、より熱量が上がった
と、最近のてぃーびーさんの活動が自己分析されて科学的に分析されて論じられています。過去2作のてぃーびーさん章のように、事柄を四角で囲った図での解説が今回も多いですね。
一旦成長できるマインドや環境に身を置くとインプットとアウトプットの繰り返しが上手く回ったり、機会が増えて好循環で回ったり、人との繋がりが連鎖になって……というのはキャリアや成長の話でもよく出てきますね。
本章ではその前段として「軸を決める」ことで、好循環のハラククリタイムラインに進むことができるという話を論じていました。
文中にもありますが40代妻子ありでここまでの転身を果たすのはなかなかの重大な決断です。自分だったらリスクが高すぎてムリ!ってなるのですが(笑)、そこに至るてぃーびー流の考え方を知ることができる章でした。
第3章 カベノリコエル - KANE
Podcastソムリエとして界隈で名を馳せているKANEさんの章。(@higuyume) 自分の行く手にあった4種類の壁をどう乗り越えたかを、ハラククリカタと関連付けて語っています。ちなみに本書の壁のイラストはお手製のものだそうです。
スキルのカベノリコエル:
以前にもPodcastやLTで話は聞いていたのですが、PHPエンジニアから転職するにあたり、現職ではどうしても経験できていないことがあるためにスキルの壁が。突破口となったのはエンジニアでなくWebディレクターとしての道だった。
職種のカベノリコエル:
Webディレクターへというキャリアチェンジへのハラククリカタ。ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)を明確にした所、自分がやりたいことはエンジニアに限定しなくてもよいことに、またWebディレクターでもエンジニアリングをやめる訳ではないことに気付いた。Podcastなどで様々な人と交流することで様々な職種を知り、壁を乗り越えられた。
コミュニティのカベノリコエル:
以前はコミュニティ参加に抵抗があった。第一が参加の壁、第二がいち参加者からフォロワーとして本格活動するまでの壁、第三がリーダーとして活動するまでの壁。それぞれを乗り越えることで世界観が広がり、より楽しく、より多くのものが得られるようになった。コミュニティ参加のコツも各種説明されています。
自分が何者なのかというカベノリコエル:
自分へのラベル付けに「Podcastを生やす人」を選択。10個以上のPodcastを生やしてきたことでノウハウも溜まり、交流も増え、人生はPodcastになった。
最近は動画メディアの躍進から音声Onlyの立場が弱くなってきていることも正直に書いてあり、確かに最近UdemyやYouTubeの動画講座テック系の動画とか多いしそうだよなーと思います。
その一方でPodcastの優位として聴覚情報だけなので移動中にも聴ける、操作されやすい視覚情報に比べると集中し情報の本質に触れられる、説明力も鍛えられることが述べてあり、ここは特になるほどなと思います。
自分からするとKANEさんなんかはもう空気を吸うようにコミュニティ活動をしているように見えるのですが(笑)、昔は抵抗があった時期もあったんだなーと思いました。本章でも一歩づつ小さいところから挑戦を始めるのがカベノリコエルのコツだと論じてあり、このあたりは過去作の『セイチョウ・ジャーニー』でも語られていますね。
ちなみに僕もYouTuneのKANEチャンネルは登録しています。オレンジ髪のツインテの女の子にバーチャル美少女受肉するテスツのやつを観たお!(関係ないw)
第4章 腹括無宿 - 横山寮
次の章は横山寮さんの章。前作『挫折論への招待』ではヨコヤマリョウ名義、ピカレスク小説やクリミナル映画もかくやのBased on a true story
が語られていましたが、今回も小説仕立て。
何やら完結済み小説の脇役キャラクターがなぜ本編でそう振舞っていたのかが明かされる、その生い立ちと足跡を辿る外伝のような趣があります。
物語はとある父から子供への手紙の形で自らの人生を語り、合間に教訓が挟まれています。
不幸な生い立ちと荒んだ人生からは、良き友の重要性を。
地味でいて運命的な出会いを経て穏やかな生活が始まってからは、自分でコントロールできることだけに集中する大事さを。
穏やかな毎日に幸せを感じられるようになってからは、やることとやらないことを決めたら自分なりの幸福の定義ができることを。
子供たちとの触れ合いの中で、自分の価値をまず自分で信じることを。
運命を変えた人物の意外な過去が明かされた後は、自分の選択で自分の人生を生きることが腹括りであることを。
そしてこの手紙の書き手がどうなったのかが分かり、最後にこの物語はどんな形態で誰が書いているのかが明かされます。
う~んもしも小説本編があると勝手に考えたら、この手紙の主はどのような人物だったのでしょうか。本編の前半で主人公たちを苦しめる悪の極道キャラクターだったかもしれないし、長い旅路の中で救いの手を差し伸べてくれた謎めいた神父かもしれないし、主人公が子供の頃に影響を与えたおじさんかもしれません。
もしかしたらまったく登場せずに主人公はこの物語の書き手で、その確固とした行動原理の源に父の姿が見え隠れする形かもしれません。そんなことを考え出すと不思議な趣のある、静かに熱いストーリーでした。
なお何となく僕は本編が別にある小説や漫画を想像していたのですが、GrowthfactionメンバーのVTRyoさんによると……
> う~んもしも小説本編があると勝手に考えたら、この手紙の主はどのような人物だったのでしょうか
— VTRyo (@3s_hv) September 30, 2020
手紙の宛先だった娘が本編の主人公で、1クール12話終わった後のOVA版感あるよね https://t.co/15YasXELGJ
なるほど! アニメもアリですな。ということはおしごと系アニメで娘さんは新社会人エンジニア、舞台の会社に『挫折論への招待』に出てきたミトミクさんが先輩で出てくるという設定不可避ですな……(勝手)
noteが2つあります。 note.com note.com
第5章 覚悟と決意のパラノイア - VTRyo
最後の5章はVTRyoさん(@3s_hv)による小説。本全体が160ページの中68ページがこの5章という圧巻です。今回の題材はタイムリープ物のSF風のストーリーとなっています。
全国のシュタゲファンの皆さん! 物語のタイトル『覚悟と決意のパラノイア』だけでなく節のタイトルも全部もうシュタゲ風ですよトゥットゥルー!!!!!
いやぁタイムリープですよ。何かの理由で時間の巻き戻しが可能になった主人公が過去の後悔や失敗や挫折を一歩ずつ、時のループの中で解決してまた失敗したりながら正しい道を求めてゆく……古来よりタイムリープものといえばすべからく名作が多いと相場が決まっているのですよ!!(オタク特有の早口解説乙)
今回の主人公はとあるサービス提供企業でSRE系の業務に携わる独身男性エンジニアの時任渉(ときとう・わたる)氏。
物語にはエース級プログラマや声掛け能力の高いリーダー、メンタルが強い新人などが登場するので、おそらく入社後数年目の20代後半~アラサーぐらい、チーム内でも中堅どころというところでしょうか。仕事に対する姿勢は何となく惰性でやっている所があり、そこからの成長が作中の肝になっています。
コードレビューもオンラインで行いチャットでふつうに会話したり、開発環境はモダンなようですね。データセンターも出てきてサービスはクラウド上で稼働している模様、ホットフィックスやロールバック、ステージングなど、SRE領域系のキーワードも多数登場します。
このチームではSLAがメチャ高い止まってはいけない某サービスを扱っており、モノモニョ秒間止まると現実ではありえない厳しいペナルティが。とある改修後にありえない重大な障害が発生してしまい、その世界線での物語は悲惨な結末を迎えます。気が付くとタイムリープしていることに気付いた主人公はなんとか次の世界線では未来の破滅を食い止めようと奔走するのですが……この流れがエモい。
最初は中途半端な行動で結局同じ結末を辿ったり、何回も失敗します。その後は仮説と試行と検証を繰り返してエンジニアらしく正解の幅を縮めたり、逆境の中で不退転の決意を固めたり、問題を自分ごとと捉えて覚悟を決めたり、その覚悟が周りに伝染したり……と複数の世界線で、少しづつ少しづつ、未来が変動していきます。主人公がどう変わり、それが未来にどう影響するか、この流れがエモエモです。
(ちょっと内容に触れてしまいますが)作中のキーとして、リリースしてしばらく経ってから障害が発生するバグというのが登場します。主人公氏はSREですしプロダクションのコードはあまり読めない描写があり、エース級の人が集中して時間をかけてコードを調べて初めて発覚しています。
ということはかなり高度なバグ、日付を比較して意図的に例外を出すとかそういうレベルではないですねえ。この物語の本質ではないので具体的な詳細までは描写されていないのですが、サービスじゃないけどバグの調査の類はいろいろやってきた身としては、どんなバグなんだろうとつい気になってしまいました。
すると後書きに参考文献などなどもあり、なんと世の中に実在したバグを参考にしたとのこと。いやはやSRE/クラウド領域は奥が深いです。
という訳で意外な人物の正体や意外な結末、読み応え十分です。往年の『シュタインズ・ゲート』シリーズや、最近アニメ化されたなろう系作品だとリゼロあたりが好きな方なんかにもオヌヌメであります。
読者として残念な点をあえて挙げるとするならば、今回はヒロインが登場しn……ハッ!!【時空警察に連行されて終了】
付録A みんなのハラククリ
最後はGrowthfactionメンバーが推薦した5名の方によるハラククリアンケート集。
株式会社スタディストの北野勝久さん
IT業界の構造に着目したことを題材に、小さな違和感に敏感になり、周囲を観察し続けることが未来に繋がるというお話。
@dora_e_mさん
大学の博士課程の中で就職を決断した話を題材に、自分の人生は自分で決めること、そして自分を守るのは自分自身であることのお話。
Youtubeの弱虫ch.運営の @eroccowaruicoさん
かつての境遇や人生の失敗を題材に、他人/環境/過去/自分のせいにしないというお話。
弱虫 ch. #0 「eroccowaruico自己紹介放送」
株式会社ゆめみの取締役に就任した@kuwahara_jsriさん
大学・転職・結婚・現職でのキャリアアップを題材に、それぞれどんなハラククリをしてきたかという話。
1on1ラジオ運営のまなみんさん
これまでの様々な決断の機会を題材に、長く考えること、最終的には直感に従う事のお話。
五者五様、世の中には人の数だけ様々な人生があり、様々な考え方、腹のくくり方があるなあと改めて思いました。このテーマでは様々な人の話をもっと聞いてみたい気もします。
まとめ:成長や挫折の中での決断が学べる本
寄稿も含め本書に出てくる方はキャリアも立場も考え方も多様です。人生の中で時折訪れる大きな決断の時、人はどんなハラククリカタをするのかが知れる、あるいは学べる本でした。
自分の場合は……と振り返ってみると、僕も比較的長いキャリアの中で思い返せば波乱万丈色々あり、決断の時もありました。あの時ああ考えてああ行動したこと、何となくだけど選んだこと、今から思えばきっと自分なりのハラククリカタだったのだろうな、と思い返す次第です。自分のキャリアを振り返るきっかけにもなる本ですね。
なお前作『セイチョウ・ジャーニー』『挫折論への招待』も今でも電子版はboothで販売中です。当ブログにもそれぞれ感想記事がありますのでドウゾ。『挫折論への招待』の記事はサークルとしての依頼を受け、販売直前のフライング感想となっています。
iwasiman.hatenablog.com iwasiman.hatenablog.com
ハラククリカタなリンク集
Togetterの『書籍「ハラククリカタ」まとめ』。 togetter.com
水殿さんによるnoteの感想記事。 note.com
ざきさんによるはてなブログの感想記事。「時任...すごいよ...」に禿同なのです。 kic-yuuki.hatenablog.com
amareloさんによるはてなブログの感想記事。 amarelo24.hatenablog.com
てぃーびーさんのはてなブログにちゃんとリンク集がありました! tbpgr.hatenablog.com