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テスタメントシュピーゲル1

 500ページを越える圧倒的ボリュームで積読が続いていましたが、やっと読み終わりました。角川/富士見で並行2シリーズが続いていたオイレンとスプライトの完結編、冲方丁の新作です。


★1つに統合した完結編シリーズと銘打っていますが、1巻目の主役はオイレンシリーズのMPB側、中でも特に今回は受験にも挑戦する涼月と引き続き自らの過去の謎を追う陽炎がメインになっています。(という意味では表紙イラストにも陽炎が出るべきでは?と思ったり。)
 MSS側は3人組が冒頭で集団デェトしたり要所要所でピンチに駆けつけて背中合わせの共闘をしたり、まさかのヘルガ長官の過去が陽炎の過去とリンクを始めたりしていますが、基本的には舞台裏に引っ込んでいます。2巻目は彼らの視点から語り直されるのか? それとも事態が進むのか? も興味津々ですね。

★シリーズが始まった頃は雑誌掲載の短編ということもあり、いかにもラノベ的な記号的美少女の萌えキャラ描写、属性、特徴的な台詞……などなどが目に付く部分もありました。TRPG者の悪しきTRPG見立て風に考えると、ルールブック付属のシナリオ=プロットも短い=ライトな敵/ゲームマスター曰く=「はいはいキミたちは素晴しい活躍をしたね/経験点あげよう」褒めるのは技術/「ばーか本物のテロリストはこんなへぼくねーよ/次から始まるキャペーンを食らえ!」内心ニヤニヤ。
としてるような感もありました(笑)。
 そういえばこのシリーズ『スプライトシュピーゲルIV』で作中にTRPGが出てくることでも一時期話題になりましたね。TRPGと言いつつ実体は国家運営シミュレーションでしたが、あれは元ネタ最有力はやはり『ディプロマシー』なのかな。


★そんなシリーズも2巻以降事件が本格化するに連れ、内容もどんどん加速し濃密に、ヘビーに。特甲児童の力はあっても若年の主人公たちでは戦いきれないほど敵は強大になり、彼女たちを見守る周囲の大人たちも丁寧に描写され、だんだんライトノベルではなく「ラノベ造形のキャラクターが活躍する冒険小説」のような様相を呈してきました。僕は冒険小説も好きなのでこのへんも面白かったですね。


★作中で主役の一人のスズツキーが遂に誕生日を迎えてWikipediaを改めて見たのですが、作中設定はなんと2016年なんですねー。シリーズが始まったのは2007年、今は2010年。たった6年先の近未来です。
 作中にはZIPPOのライターも旧式iPod(たぶんiPod classic)も出てくるし、登場人物たちも我々と同じ映画や俳優を思い出したりしています。
 その一方で電磁誘導式ライフルやアームスーツ、犠脳体兵器やマスターサーバー周りや謎の超技術「抗磁圧」の耳飾りなどなど、現実ではまだまだ実現できそうにない謎テクノロジーも溢れていて、この辺の近未来感が堪らない。


★米英の本場のミリタリー物の冒険小説やスパイスリラーなど、本物の兵士出身や政府機関の人や詳しい人が書いた小説は、細部の描写や行動には超絶リアリティがあるのですが、キャラクターの造形や魅力についてはけっこうダメダメで読んでいても全然感情移入できないこともあります。(まあ分野も読者層も違うので当然ですが。)
 本作は基本がライトノベルなので、脇役でも冒険小説にも出てきそうな組織所属の人々がラノベ文法風に、それぞれ外見特徴なり喋り方の特徴なり内面なり共感できる魅力なりを持って丁寧に描かれているのが面白いですね。
 例えばオイレン組のMPB(ミリオポリス憲兵大隊)の上層部はオーギュスト隊長に蜘蛛の巣フランツと漢ばっかりですが、スプライト組のMSS(ミリオポリス公安高機動隊)のトップは小柄金髪美女のヘルガ長官に白雪姫ニナと、イラストも映える綺麗どころの女性が揃っています。TRPGの公式オーガニゼーション設定みたいですよ。米英の冒険小説だと元兵士の主人公に協力する謎の美女の工作官は定番ですが、CIAやMI6の上の偉い人が女性というパターンはあんまりないからなあ。w


★そういう意味ではTRPG的に言うと人物造形が『ガンドッグ』風な人物もいますが、萌え分を強化した『シャドウラン』や元から萌え分は十分の『トーキョーN◎VA』の世界にいかにも住んでそうな人たちが沢山出てくるんですね。いかにもN◎VAのキャストの元ネタに使われそうな作品だったので、誰かパクるかなと見ていたのですが、筆者の知り合い回りでは意外にそんなにいませんでした。w


★そんな感じで(どんなだよ)私的には主人公の女の子たちよりも周囲を固める大人たちがに共感しつつ読んでいました。既存人物だと前巻で脇役だった別部隊の人が涼月とコンビを組むことになります。ミハエル中隊長も相変わらず陽炎のハートをずきゅーんと直撃中です。
 また今までは神経質で嫌味なメガネ上官役だった、MPB副長の蜘蛛の巣フランツがなんかその奥の奥の実はいい人っぷりをそこはかとなく出し始めています。このおぢさんイイ奴です。死亡フラグが立ったんじゃないかと心配になります。w


★今回登場した新人物で面白かったのは国境警備隊第9群所属の尋問術のエクスパートの魔女グレーテルなどですね。リアル寄りのGSG9やリアル寄りの冒険小説ならこういう人はいなさそうですが、義手フックに冷たい義眼の美女など、見た目の造形にも気を遣ったラノベ造形なのが面白いです。
 愛しの唐辛子ちゃんを連れたインターポールのイタリア捜査官のイザベロおばさんが店で一同を恫喝するくだりも、いかにも洋画の1シーンに出て来そうな場面です。


★そして舞台は現実の延長にある欧州……シリーズ当初からですが、世界から消えることのない貧困や紛争、暴力、未成年兵士、原理主義民族主義、人種差別や偏見、まだ消えないナチスの亡霊、先進国の圧力など、現実世界の悪しき面がシリーズを通して描かれています。
 コピー天国の中国で作られた機械化技術が特甲児童の海賊版だったり、各国出身の脇役の登場人物がそのお国柄のステレオタイプだったり、このへん雰囲気を出してて上手いなと思います。
 主役は架空の組織なので脇役ややられ役や敵役が多いですが、現実のオーストラリアに実在するコブラ・ユニットやGSG9、CIAにFBIやインターポールなどなど、現存の組織もかなり出てきますね。
 2巻でロシアの原子力衛星を確保しに来たCIAの事務次官補なんてまさに強大なアメリカの悪を象徴する人物でした。その一方で4巻に出てきた涼月を助けるCIA潜入捜査官のパトリックは熱かった。CIA超カッコイイ。鳳を助けるFBI法務官ハロルドもカッコイイ。w


★テクノロジー回りでは、主役級の夕霧が今回はパワーアップしてマスターサーバーを巻き込んで敵テロリストと壮大な電子戦を繰り広げます。現実のIT用語も飛び交うこのサイバー戦闘、具体的に作中場面で何が起こっているのか読んでもさっぱり分からなかったのですが(笑)、まあ電脳空間周りなんてそんなものか。w


★分からないといえばレベル3以上の特甲児童の外見とかそもそも謎技術の抗磁圧も相変わらずよく分からないのですが、この辺はあの文体で流れていく情報の奔流を楽しむものなのかなーと思います。
 ラノベ調のキャラ絵だけでメカ絵がほとんどないので不明なのですが、パワードスーツ系の大きい機動兵器もけっこう出てくるんですよね。ここは……脳内で3Dモデルに補完するしかないのか!w
 こういう兵器や火器、メカやテクノロジーなどの近未来描写、冒険小説風の展開の描写を、ラノベ流うぶちん流に料理しているのがシリーズ独特の感があってよかったです。


★そして本筋の方は、冒頭からかなり衝撃的なシーン、そして時系列が戻って本編が始まりますが、もうあの特徴的な文体と散りばめられた圧倒的な情報量、息つく暇もないテンションの連続でなんだかもう読んでて疲れるぐらい(笑)のヘビー級。もはやライトノベルじゃないみたいですね。
 登場人物総数も50を越えるし、言葉遊びも固有名詞もリンクした情報、伏線も多く、僕でも完全には理解しきれなかった部分がかなりあります。一般的なラノベの読者層に果たして受け入れられるのか心配なぐらいのヘビーな濃密さなんですが、マルドゥック・ヴェロシティ後半のあの悲劇に向けた疾走感の前兆のような盛り上がりを堪能することができました。
 戦闘シーンは長くなく、むしろ幾重にも絡まった謎解きミステリー色が濃いのですが、最後は男を上げた◎◎くんがまさかの昏睡、◎◎が自殺未遂に◎◎の衝撃的な過去発覚、嬉し恥ずかし告白タイムに◎◎◎長官逮捕に◎◎暴走と、この先は果たして……というかなり危機的状況で気を持たせつつ終わっています。
 この大地を這うような重苦しい展開は次の飛翔の前触れか、スプライト側は何をしていたのか、マルドゥックのように悲劇で終わるのかそれとも救いはあるのか?
 うぶちん最後のライトノベルになるそうですが、続きが楽しみ/かつ終わってほしくなくもあるシリーズです。