【感想】闘うプログラマー[新装版] ビル・ゲイツの野望を担った男達
WindowsNT開発秘話
舞台は1980年代後半~90年代前半。考える機械が大企業や研究所にあるメインフレームから個人の元に降りてきて、パーソナル・コンピュータ時代が幕を開けようとしている頃。天才ビル・ゲイツが率いる若き日のマイクロソフト社はMS-DOSをもってパソコン市場を制し、更なるプランを進めようとしていた。
表向きはIBM社のOS/2とまだ友好関係を保ちつつ裏では出し抜く算段を立て、新たな世界戦略を担う新たなOS……CPUが違う他社のパソコンでも動く拡張性があり、アプリケーションを同時に動かせ、ファイル名上限がたった12文字のMS-DOSよりもはるかに高度で互換性も保ち、当時としては高度なグラフィックとネットワーク機能を備え、そしてクラッシュしない安定性を持った、高性能コンピュータのための本物のOS。その名は……「ウィンドウズNT」!
社運を賭けた一大プロジェクトに伝説的プログラマー、デヴィッド・カトラーが呼び寄せられ、いまだかつてない規模の高難度の開発が始まる。
立ちはだかる技術的課題、難問の数々、膨れる機能、社内政治や人間関係、迫る世界公開のリミット。“マイクロソフティ”の精鋭が集結し、最終的にはプロジェクトメンバーは200人以上。のちに世界を変えることになるOSの壮絶な開発の行方は……
- 作者:G・パスカル・ザカリー
- 発売日: 2009/07/23
- メディア: 単行本
という、若干地味めですが静かにアツい、アツすぎるノンフィクション。開発費用100億円以上、開発に実に5年、ソースコードは合計560万行にも及んだそうです。
いやーNTですよNT。Networkの略かと思っていたら最初はNew Technologyの略だったんですね。今の10-20代の人だともうみんな知らないんじゃないでしょうか。
僕も社会人になった頃に、どっかの空き机やマシン室に鎮座している会社の部門サーバーとかがNTだったのを辛うじて覚えているぐらいです。UNIXのワークステーションに機能が似ていて、そして当時のまだ不安定だったWindows95や98に比べると確かにクラッシュしない安定感はありましたね。その後のWindowsXPや7,8,10などの元にもなり、今のWindowsの発展の基礎を支えたOSでもあります。
そんな、一大OSの数年間に及ぶ開発を巡るノンフィクションです。作者さんは関係者100人以上にインタビューをして書いたそうで、あとがきには本書はMicrosoftの検閲を受けてない旨、及びMicrosoftの管理職の人が本書の出来事で登場人物の社員を懲罰しない約束をしたこともわざわざ書いてあり、リアルな読み物として読めます。最初は上下巻だったのですが2009年に合本版が出ました。
強烈な個性
登場人物が多いので後半薄くなりますが主役がMSの伝説的プログラマー、デヴィッド・カトラーさん。生まれはあまり裕福でなく、元からリーダーシップがあって学生時代はスポーツも万能で生まれつきの基本スペックには恵まれた人のようですが、結婚には向いてなくて2度離婚、社会に出てからコンピュータの可能性に目覚めて転職し、DECという昔の会社で干されていたところをMSにスカウトされます。
プログラマーとしても一流、たびたび海兵隊の教官のように例えられる厳しい上司、高圧的でまず謝らない、信念や自分の意見を曲げない、怒鳴り散らしたり当たり前、窓からデスクを投げ捨てる以外のことは大抵やったというんだからさぞかし現場は賑やかだったのでしょう。
かのスティーブ・ジョブスもよく実体は性格にはかなり難ありだったと言われますが似たり寄ったり、正直回りにいたら絶対に一緒に仕事をしたくないようなタイプです。(笑)
その一方で部下には慕われておりMSに転職する際に彼を慕ってチームごと移籍してきたり、物語後半でビルドチームが攻撃対象になった時は自ら矢面に立って部下を守ったり、バグだらけの開発中のシステムを実際に使う(作中では「ドッグフードを食う」と表現されてます)場面では先頭に立って泥臭い仕事を一緒にやったり、リーダー自ら現場で陣頭指揮を取ったり、メンバーに激励メールを送ったり、かなりのリーダーシップを持ってメンバーを統率し支えていたことが窺えます。
21世紀の平成の今から考えると時代遅れですが、日本で例えると80-90年代の昭和の人、バブルの頃のモーレツ社員、「黙って俺についてこい!」的な軍人肌タイプのリーダーなんでしょうか。ブラックな企業の社長にもいそうです。
Wikipediaの写真はお年を召していますが、別の写真だと俳優のジャック・ニコルソンにちょっと似てます。作中でも回りの人にそう言われています。w
第2章ではかの有名なビル・ゲイツも重要人物として登場します。よくイメージから悪の帝国の総帥とか金の亡者とか悪く言われることも多いですが、若い頃からソフトウェアで大儲けできたのも金に目端が利いて頭が抜群によかったからだし、
優秀なエンジニアと一緒に仕事をして、みんなが使っているのをこの目で確かめられる商品を作ることの方が遥かに楽しい。
ソフトウェアとは無関係の方法でカネを稼ぐくらいなら、今の仕事を無償で続けている方がいい。
なんて言っていたり、結果としては億万長者になったけど本質は技術で世界を変えることに情熱を注いでいたエンジニアだったのが窺えます。実際この人倹約家で飛行機はいつもエコノミーだし、慈善事業にもかなり力を注いだし、実はハンバーガーが好きだったり色々面白いお方ですね。
後半、WindowsNTが形になってきたころに承認を下す役でまた会議に登場しますが、数年前までは未知の領域を開拓した企業家と讃えられていたのに有名になってからはソフトウェア業界を牛耳る悪者扱いされるのに苦しんでいたり、時間の使い方に気を付けるようになっていたり、偉い人もいろいろ大変ですね。
ゲイツたまと親しく、MSの製品発表会などによく出てくる前CEOのスティーブ・バルマー氏も作中に登場します。こちらも当時から豪快で人の背中バンバン叩くような、いかにもマネージャーっぽい人だったようです。
Wikipedia - ビル・ゲイツ
Wikipedia - スティーブ・バルマー
個性豊かな人々
OSの開発にはCでなくC++を選び、最初は皆初心者だったので苦労したり最後のバグ取りとパフォーマンス向上ではメモリ問題に苦労したことなども書いてありますが、実際のコードレベルのような微細な話は出てこず、メインは「人」に焦点が当てられているので技術系でない人でも詰まらずに読めます。
途中から沢山の人が次々出てくるので正直名前が覚えきれなかったり分かりにくいのですが、実に様々なマイクロソフトの人々やその家族が登場します。
アメリカでいい大学を出た人もいれば、小銭稼ぎにプログラムを書いて可能性に気付いた人、カナダ出身の人、白人支配が終わろうとしている南アフリカから来た人、大戦の爪痕の残る欧州の人、イスラエル、果てはインド出身の人、ピンチヒッターに加わる研究所の凄い人や分野トップのプログラマーもいます。
人柄や仕事もスタイルも様々で、いかにも技術屋の人、能力はあるけど性格に問題のある人、穏やかな人、ハッカー気質でルールを守らない人、コードは書けるけど説明が下手な人、逆に説明が上手い人、会社で遊んじゃう人、ストレスに負けてゲームに没頭しちゃう人、冷静で洞察力のある人、威張ってても女性とは縁のない万年独身の人、早く結婚してる人、数少ない家庭を大事にする人、優秀でも仕事は早く切り上げて帰る人、根っからのプログラマーもいればテストに情熱を燃やす人、本当に様々です。
女性社員も何人か登場し、当時もまだMS社内は男性優位社会だったのが窺えます。ディスプレイにヌード写真を写そうとする男連中のセクハラを糾弾したり、女性同士のコミュニティのようなものを作ったりしていますね。
当時世界最高クラスのソフトウェア企業に続々集まるのだからとんでもなく優秀な人たちでしょうが、実体は我々と同じような人間であり、そしてさらに人種のるつぼで主張の激しいアメリカ、実に様々な人たちが出てきます。作中でもたびたび衝突したり喧嘩したりしています。
管理してプロジェクトを回していく側の人たちもさぞかし大変だっただろうなと思います。
マイクロソフティのイメージ
当時の社員の人たちは自分たちのことを「マイクロソフティ」と呼んでいたそうです。グーグラー(Googler)みたいなもんですね。
よくGoogleやAppleやFacebookと比較されて悪いイメージを持たれたりすることの多いMicrosoftですが、当時はワシントン州レドモンドか、オフィス内はもう大学キャンパスの延長みたいに自由奔放、身の回りは各々のプログラマー任せ、遊び道具があったりギター弾いてたり水槽があったり、かなりの個人主義で自由闊達だった記述があります。
上記のカトラーさんと一緒にDEC社を離れて付いてきた部下たちの方が統制がとれており、大学気分の若いマイクロソフティとは最初はかなり衝突した……という話があってへぇ~と思いました。よくGoogleのオフィスの紹介で出てくるような自由さで、(最近そうでもないですが)MSから受けるどちらかいうと堅苦しいイメージと真逆な感じがします。
管理面でも、基本的にMSの社員は皆優秀でやる気になれば凄いので、基本はやりたいようにやらせる……と放任主義だったようです。OSの根幹部分の設計の為に旅に出ちゃったり、出社時間もまちまちだったり皆かなり好き勝手にやっていますね。
一方、MSの作戦で出し抜かれて憂き目を見るIBMは堅苦しい官僚主義の会社、社員が各々の担当部分以外は無責任で何も気にしないような会社……と描写されています。
当時のMSの新人育成方針は「泳げないヤツは沈めばいい」で、十分な研修をせず現場に放り込むことで有名だったそうです。獅子は我が子を千尋の谷に何とやらというヤツでしょうか。怖い怖い。
この言葉は日本ではユニクロのエライ人が気に入って使ってるそうですが、若干ニュアンスを違えている気がします。
待遇面では、当時のMSでアルバイトで働くと残業手当がつくそうで開発の佳境は残業月50-60時間、週末も出ることがあったと描写があります。現在の日本ならとっくに36協定に引っ掛かってアウトな厳しいプロジェクト状況、本の後半を見るにラストスパートはさらに厳しいデスマーチを経ているのでお金はかなり儲かりそうです。
一方、大学新卒で入ると年俸300万ドル近辺(日本円で300万~450万くらい?)で残業手当なし、周囲の有名企業に比べると給料が低かったと記述もあります。
その一方で社員は絶賛株価上昇中のMSのストックオプションを購入できるので、これでみな数千万~億クラスのお金を得ています。作中の人々も忙しそうですが豪邸を買ったりスポーツカーを買ってブイブイしたり、堅実な人は今後に蓄えたり、メンバーはお金についてはホクホクだったようです。
数年働いて十分な金を得て去ってしまう人、ストレスに耐えきれずに脱落する人、働き過ぎて家庭内不和に陥る人、残念ながら離婚しちゃう人、そして「面白いから」と技術者の情熱をもって最後の最後まで付き合う人。様々なマイクロソフティが描かれています。
「死の床で、もっとはたらけばよかったと言う者はいない」
「勤務時間を長くすると、正しい答えを見つけだすまでにかかる時間も長くなる」
……など、名言や的を得た言葉も何気に多いです。
組織やプロジェクトの運営
興味深いのはこの話が90年代、まだソースコードのビルドやテスト自動化、リリース整備やバージョン管理、様々な電子コミュニケーション方法、アジャイルやらスクラムやらの方法論などなど、システム開発に関わる様々なツールや技法がまだまだ整備されていない時代だということ。
その中で今の日本から見ても現場あるあるなシチュエーションがたびたび登場したり、様々な問題にマイクロソフティが様々な工夫をしてなんとか困難を乗り切っていきます。
だんだんビルドが大変になってきて毎日やるようになったり、勝手に修正をするプログラマーが多くてルールを決めてカトラーさんが権力の力でビルド担当に権限を与え、最終的には自らビルドルームに居座ってビルドのところで統制を取るようにしていたり。
できたばかりのファイルシステムで、ファイルを作って書き込んで閉じる自動テストプログラムを走らせてクラッシュを検査したり。
プログラマーがテスターを自分より下に見る傾向があったり、特定チームが悪者扱いされたり、メンバーが多くなるにつれて衝突が大きくなったり。
解決方法も様々で、声がでかくてパワーのある人が反対意見をはねつけたり部下の盾になったり、理詰めで話し合ったり、遠くに引き離したり、メモで激励したり、信頼できる人を副官に据えたり、温和で人当たりのいい人を緩衝剤の役に配置したり、ベテランの下に若手を付けて現場で学ばせたり、気晴らしにみんなでスポーツしたりゲームして親睦を深めたり、空手でストレスを発散させたり。
プロジェクトも結局は「人」から成り立つものであり、それはかのマイクロソフトでも変わらず、やってることは泥臭く、いまの我々とあまり変わらないようなシーンも何度も登場します。
組織論やリーダーシップ、マネジメントなどは昨今いろんな本が出たり論じられていますが、それらが整備される前の時代、どうやってこの難易度高すぎリスク多過ぎの無理ゲーなプロジェクトをマイクロソフティたちが乗り越えたか、に着目して読むのも面白いと思います。
まとめ:OSに眠る語られざる英雄たちの物語
本の後半、リリースが近づくころはは闘うプログラマーたちはもうほんとに過酷なデスマーチを乗り越え、α版やβ版、発表会、ひたすらバグ修正……を経て最終的には無事にWindowsNTは出荷され、歴史は変わります。カトラーさんは全員に祝福のメッセージを送ります。(これが静かにアツくて感動する……)
2010年代の今から見ればかなり昔の出来事ですし、読んで一番共感度が高いのもこういう開発現場の経験がある人、そしてWindowsNT発売当時を覚えているような比較的上の年齢層の人たちでしょう。
正直、あまり華のないリアルで地味めな話ではあります。もし仮に映像化するならジョブスたまの人生+Appleの歴史とかザッカーバーグさんの半生+Facebookの歴史とかGoogleの歴史とかをうまい脚本でやった方が映えるでしょう。(実際に映画になりましたが。)
ワークライフバランスや働き方改革が叫ばれ、日本の企業でもまともな所だったら業務の時間内での効率化を進めている今、この前世紀の過酷なNT開発プロジェクトをお手本にとは到底言い難いでしょう。平成生まれの若い人がこれ読んでモチベーションが上がるかな?というと上がる人下がる人両方いるような気もします。(笑)
とはいえ、読み物としては静かに熱いです。我々の目の前や世界中で動いているWindows7や8や10のOSの奥底で動いている心臓部には、こんな秘められた物語とエンジニアたちの苦闘があったのだ……と知るのも感慨深いものでした。
主人公のカトラーさんは当時40代後半、その後は引退かと思いきや2010年代でもまだMicrosoftに在籍しており、XboxやWindows Azureの開発に携わっているそうです。まさに生ける伝説ですね。いやはや凄い人もいるもんです。