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牙下冬治郎の日記:『黒き百合の宴』

この記事は、キャラクター視点の日記の形を取った、セッションのプレイ記録です。



西暦2XXX年08月18日

 私が課長に呼び出されたのは、絵画盗難事件と連続殺人事件が世を賑わせている頃だった。
 早川美沙課長は書類の前でため息をついているのかと思えば、今日は様子が違った。最近は気が立っているようで口調もどこか刺々しい。私が部屋を後にドアを閉めた時、サンドバッグが後ろから飛んできたような気がしたが私には関係ない。
 今回の任務は千早雅之記念美術館に納められていたはずの1枚の絵の奪還だ。左に大天使ガブリエル、右に懐妊を告げられた聖母マリア。天を表す青い衣。ルネサンス期に描かれた名画『受胎告知』だ。かの万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチの手によるものと聞いている。欧州の美術館に長らく保存されてきたはずだが、今の世界では巡り巡って我が社の美術館の手に渡っている。
 私の趣向からいえば和服の女性の絵の方が好みだが、それは関係ない。あの絵に後世になってあのような秘密が塗り込まれてたと知ったら、巨匠ダ・ヴィンチもさぞかし肝を冷やすことだろう。


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 本件においては数名の存在と接触した。


 “ピノキオ”ことゼペット・フィガロのことはよく覚えている。街中で再びまみえた時、魂が震えたよ。奴も同じ気持ちでいたはずだ。
 人形のガンスリンガー、ピノキオ。『Even in the Rain』事件で遭遇した時、あの家のあの部屋で茶番コーヒーを飲んでいた時、奴と私は正面に座っていた。私の左手が影蛍の漆塗りの鞘に伸びた時、あの男の拳銃もまた同時に抜かれていた。どちらが速いか、いずれまた試したいところだ。
 聞けばあの男も、女を通じてこの事件に巻き込まれたという。面白い。作られた人形に、女を愛する心はあるのだろうか。Gackt似のあの顔、御伽噺の王子の如き風貌に引き寄せられる女は多いが、フラグをへし折るのが得意なあの男のことだ、どうするのか眺めていることにしよう。


 影沼澤 日暮(かげぬまさわ・ひぐらし)は、任務の途中で遭遇した隠居老人だ。一見好々爺に見えるが、その影には不吉なものがあった。心に闇を飼う者は、互いを見分けることができるのだ。
 会った時に思い出したよ。影沼澤日暮。暗蝉のご老体。13班の昼行灯。鳴かない蝉の姿をした鬼。千早重工が飼う悪鬼の一匹。最も危険な魑魅魍魎の一匹だ。
 元力使いの集う汎元殿であまりの所業に謹慎されるも、警護の者全員を無残に殺し脱走。千早に拾われると飼われる事になり、今に至るはずだ。
 面倒な相手と関わることになったものだ。古い付き合いだとかで、千早雅之社長へ伝言まで頼まれてしまったよ。早川社長を通じ伝えてもらったが、本当に届いたのかどうか。まったく社長も厄介な知り合いを持ったものだ。
 どこの流派でも忍軍でも見ることのできぬ、暗蝉の技を堪能することができた。十八番としては水分を自在に吸い取る怪奇な能力も備えているのだが、面前では使わなかったな。あのミリアムという少女にも優しく接していた。まあ、あの娘にもそちらの方がよいだろう。世の中には、見ない方がよいものもある。
 そういえば、男が生気を抜かれて何人も死んでいる事件があったが、てっきり犯人は暗蝉のご老体なのかと思ったが違うようだ。残念だ。もしご老体が犯人であれば、私の居合い抜きを試すこともできたのに。


 渋谷烈人はSSSの重犯罪特別対策班、通称7Sにいる隊員だ。スパイダー・トラップと名乗っている。サイバーサイコに対抗する重武装部隊でありながら先端恐怖症、バックアップに甘んじている男だ。SSSが聞いて呆れる。
 私の任務とは直接関係は薄かった。あの男が暗蝉のご老体と同行することになったのは、ご愁傷様としか言い様がない。世の中には見ない方がよいものも、真実を知らない方がよいこともある。騙されたままの方が、あの男にも幸せだろう。
 そういえばあの男も忍術を使うな。SSSのような法執行機関員にしては珍しいことだ。


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 そして我らは魔性の女たちと出会った。黒い百合の香る野原で、悪徳の都の影で、展示物を失った空ろな美術館で。三者三様の姿をしたあの怪異たちと。今宵、我らの運命は交わっていたのだ。


 結果として、至高の『受胎告知』は無事に取り戻され、美術展は予定通り開かれることになった。あの絵の中のごく一部に隠された秘密を知るのは、我々だけという訳だ。
 白い百合は純潔と無垢のあかし。黒い百合の香りは、どこか背徳めいているがそれでも心地よい。あの野から幾つか手折ってきていた私は、記念に早川課長に献上した。花瓶に入れて机に飾っておけば、少しは趣もあるだろう。
 最近気が立っているように見える課長は、あれで少しは気が休まるだろうかと思ったが、特に変化はないようだ。私から花を贈られても少しも嬉しくないだろうし、私も別に他意はない。我が社には密かに「美沙っち」と呼んで彼女に萌えるファンもいることはいるが、私はそのような不届き者ではない。
 まあ、私が報告した暗蝉のご老体の伝言を直接伝えに行くことにすれば、千早雅之社長に逢いに行く理由にもなるだろう。勝手にやってほしい。

 あの後、隅田川の柳の木の下でゼペットとも遭遇した。奴は引き金に指を掛けず、私も影蛍の鯉口に手を掛けたまでだった。
 我々の利害は偶然一致し、今回だけは結果としては共闘することになった。口惜しいが奴には借りもできた。あの夜はもう、人を斬る空気ではなかったのだ。共に死の匂いを纏う身、いずれまみえることもあるだろう。勝負はその時、殺し合いに相応しい夜にこそ付けることとしよう。



 我が名は朧夜の冬治郎。我が銘刀“影蛍”と共に、朧の夜に死の影を運ぶ身。百合の野に輝く蛍の如く空虚な、暗殺剣の使い手に過ぎない。
 Rのつく財団に秘せられた最後の懐刀、エレがつト代表の名を背負って立つ私がひろいん大量しなりお程度で怯んだとあっては、末代までの恥となろう。
 あのピノキオが銃弾でしか語り合えないのと同様、私もこの一刀でしか語り合うことしかできない。最初からこうなるしかなかったのだ。
 あの黒い百合の野に佇んでいた女は、最後まで哀しそうな目をしていた。私に何かを語りかけようとしていた。我が秘剣が一瞬のみ交錯したあの時も。母が遂に斃れ、魔力の支えが消滅した時も。
 だが、これが我らのさだめだったのだ。


 剣の道にフラグは不要。さらばだ、リリム


――牙下冬治郎



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トーキョーN◎VA The Detonation『黒き百合の宴』