Rのつく財団入り口

元はTRPG系のWebサイトの入り口だったブログです。最近のIT本の感想など。

クローム襲撃 -Scene of Astraia-


 ゆっくりと回転するコロニーと複雑に制御されたシリンダー外側の窓が位置を変え、作られた街に人工の夕暮れが訪れようとしていた。
 地上から遥か32万km付近、ラグランジュL1地点。楽園とも呼ばれる観光コロニー、チャイローン・ジャンクション。この街に訪れる夕暮れも、地上世界の都市とは一見変わらない。
 その夕暮れの街の人気のない通りの陰で、徐々に姿を現す一群の潜入者たちがいた。高性能の光学迷彩がその効果を終え、背景とぼやけた輪郭が徐々にはっきりとしていく。全員がスニークスーツに身を包んだ兵士。少人数、軽装だが高練度の戦士たち。だが創られた楽園には、彼らの姿を見咎める人間も小動物もいなかった。


【こちら監視地点。予定通り……ビンゴだ。エクスレイ-2を確認。エクスレイ-1の姿は見えない。あんな小さい娘が、本当に……?】
 襲撃待機の態勢で静かに時を待っているのは、秘密裏にコロニーに潜入した北米連合空軍の特殊部隊先遣隊だった。
 公式には、ニューロエイジ宇宙に国家規模の軍事戦力を保持しているのは日本、オーストラリアの二国のみである。北米連合軍には宇宙軍は存在しない。だが、全てが見た目どおりではないのがこの世界だ。空軍は大気圏外でも活動できる要員を密かに揃え、活動を続けていた。
 北米スミソニアンで起こった謎の大地震による政府中枢の混乱が続く今も、情報機関MIDの支援を受けた彼らは作戦行動を続行していた。


 地上世界で出回っている“ナイトウォッチ”ゴーグルよりもさらに高性能の監視用双眼鏡、高性能スコープの類が一斉に焦点を結ぶ先に、彼らがエクスレイ-2と呼称する人影が浮かび上がった。
あちこちにフリルとリボンのついたゴシックロリータ調の黒のドレス、まだミドルティーンと見える少女。髪は灰色、N◎VAで呼ぶところのツインテールにまとめた髪が頭の左右で揺れている。まるで古風な西洋人形が動き出したような少女だった。だが、ちょこんと佇んでいる可愛らしい少女に対して冷徹な指令が下された。
【情報どおりだな。よし、2方向から同時に撃って斃す。麻酔弾準備。スタンバイ、スタンバイ……】
【狙撃手了解。スタンバイ。ショット】
 骨伝導型マイクを通じた呟きと同時に、静止した目標への外れようのない射撃が開始。人間の眼にも、サイバーで強化された眼にも捉えることのできない亜音速の弾丸が殺到する。
 だが、人形のように無表情だった少女は見えない殺意に気付いたように、はっと顔を上げた。フリルのついた袖がさっと上がると、その手前で非現実的な事態が起こった。
 少女の白い手の手前で弾丸はスローモーションのように停止し、運動エネルギーを失って地面にゆっくりと落ちてしまったではないか。


【狙撃失敗。エクスレイ-2健在。どういうことだ? いま、弾丸を止めなかったか……?!】
【こちら観測手。監視対象による妨害を確認。複合センサーに反応なし。赤外線/紫外線に変化なし。光学迷彩などのカモフラージュ、確認できず。重力波の変動なし。時間の波動曲線に変化なし。高エネルギー反応なし。エクスレイ-2は確かにあの場所に存在しています。エネルギー・フィールドの類ではありません。認識できない超常能力の可能性あり。アストラル能力者の可能性あり。MIDの情報にはない能力です!】
【まずいな。作戦を変更。監視対象への介入を無力化から殺害に変更する。直ちに目標を射殺しろ。実弾用意、合図を待たずに撃て!】
【監視地点了解。装填よし。距離よし、スタンバイ……】


 常に不慮の事態に備えている先遣隊は予備の武装も持ち込んでいた。組み立て式の大型対物ライフル。高精度の電子照準を備えた洗練されたアンチマテリアルライフルは、市販品として地上世界の戦場で出回っている“アルティメットブレイク”ライフルよりさらに強力だ。クロームの力を更にブーストした完全義体の重武装サイボーグでも、この強力な50口径弾は一撃で頭を撃ち抜いて斃せる。か細い体のミドルティーンの少女に使えば……その死体はばらばらに散らばってしまうだろう。
 搭載兵器並みの轟音と共に撃ち出された2発の致死の弾丸は、黒衣の少女の下に殺到した。
 照準スコープの中に浮かぶ謎の少女は、まるで狙撃手たちの思念に気付いたかのように顔を上げた。十字照星の中から400m以上離れた見えない狙撃手の方を睨むと、その口が動く。


「ダメよ。銃ではあたしを倒せないの」


 ふたたび、さっとかざされた少女の手の前で、物理法則が無視された。風圧が発生し、路上のプラスチック片と少女のツインテールが後方に跳ね上がる。ドレスの裾がひらひらと揺れる中、少女は介入を自分の意志で止めたかのように手のひらを前に向けた。その小さな手の前で……力を失った大口径弾丸は速度を失い、やがて完全に停止し、路上に落ちた。


【馬鹿な……アンチマテリアルライフルの弾丸を止めたぞ?!】
【こちらに気付いたのか? 400mは離れているぞ。あの少女は何者だ? MIDの情報は間違っていたのか?】
【排除失敗。エクスレイ-2健在、こちらに接近してきます】
【ベース、エクスレイ-1は依然として不明。一体どこに……うわぁ!】
 隊員の一人のうわずった声が、完全に電子リンクした先遣隊チームのコミュニケーション・システムの中を駆け巡った。
【全員注意! 未確認武装。猫です! 猫だ! 奴が……】
【猫だと?! どこにも見えないぞ? 強化映像にも……いや、いた! うわぁ!】
 次々と要員たちの反応が途絶える。あらゆる不測の事態に備えて訓練し、経験を重ねた百戦錬磨の兵士たちも、母なる地球から30万km以上離れた宇宙コロニーで起こったこの異常事態には未知の恐怖を感じたか。偵察部隊の隊長は焦りを見せた声で、直ちに指令を下した。
【作戦中止。作戦中止。全員、最終合流地点で再集合。リグループ! リグループ!】
【敵です!応戦を……うわっ!】


 後方で指揮を執っていた数人の兵士たちの真後ろに、いつの間にか一人の男性が立っていた。精巧な仕込み杖から伸びた日傘。Cambriaブランドの小奇麗な夜会服に、黒い光沢のあるシルクハット。口髭は整えられ、鋭い眼光を放つ緑の瞳の片方の上ではモノクルが光っている。
 非の打ちどころのない紳士……2〜3世紀前の世界にいても違和感のない格好をした紳士は、彼らを面白そうに眺めていた。
 やがて紳士は、夕暮れの町の散策で出会ったご近所に語りかけるような気さくな口調で、落ち着き払って口を開いた。


「ボンソワール、ムッシュ諸君。ところで、ムッシュたちの会話に先ほどから話題に上がっている“エクスレイ-1”というのは……もしかして我輩のことですかな?」
 混乱状態にあったムッシュたちは数瞬だけ反応が遅れた。全員が恐る恐る振り返ると、そこには悠然と立つ謎めいた紳士。サイバーウェアと装備で拡張された強化現実の視界の中に、紳士に重なるように情報機関から入手済みの写真が浮かび上がる。同じような服装、同じ顔の紳士。――もう一人の監視対象、エクスレイ-1であった。
「まさか……?!」
「我輩の名はファビアン・ファビエ。どうぞ“ドクトゥール”(フランス語で博士の意)とお呼びください。――科学と冒険を愛する紳士です」
 紳士は一向に動じることなく、帽子に手をかけて優雅に会釈する。兵士たちは弾かれたように動き出した。
「お前か……ッ!」
「さあシュレディンガー君、ご挨拶なさい」
 常に装備しているバックアップ用拳銃からの抜き撃ち。反射神経を強化した彼らの速射は、地上世界であれば確実に紳士を斃していただろう。だが、彼らと黒衣の紳士の間の地面には、第三の存在がいた。銀の毛並みをしたシャム猫である。
「ニャ〜」
 兵士たちが拳銃を向けるより早く、猫が動いた。下方向からの不意打ち、小さな猫からは予想も付かない速度と質量での体当たり。腹に強烈な体当たりを食らった兵士の一人目が体を二つに折って倒れ、二人目は顎先を強打され、三人目は高性能暗視スコープのケーブルを引きちぎられ、故障で目がくらんだ隙に急所にパンチを浴びて倒されてしまった。
「馬鹿な! ね、猫だと?」
「おいどこだ。俺には見えないぞ?」
「おいあの猫、いま格闘技を使ったぞ?」
「そんな馬鹿な! 非合理的だッ!」
「いた! そこだ!」
 見えない敵からの攻撃に兵士たちは混乱に陥った。高性能ゴーグルを外した瞬間に猫を視認できた者もいたが、武器を向ける前に素早い猫に倒されてしまう。やがて、兵士たちは全員が気絶もしくは負傷して倒れてしまった。
「そんな……猫に……やられるなんて……」


★     ★     ★     ★     ★


 短くも激しい戦いが終わると、猫は二足歩行をやめて四足に戻り、何事もなかったかのようにフランス紳士の足元に戻ってきた。靴に体を寄せて呑気そうにニャア、と鳴く。紳士は日傘を持たないもう片方の手でその猫を拾い上げた。
 すると向こうからやってきたのは、ゴシックロリータ調のドレスに身を包んだ先ほどの娘である。兵士たちに“エクスレイ-2”と呼ばれていたツインテールの少女は、自分を撃とうとした怖そうな兵士たちが気を失ってのびているのを見ると、不機嫌そうに口を尖らせた。まるで機嫌の悪い寝起きにベッドの横で嫌いな毛虫を見つけた娘のような顔である。
「ねえドットーレ(イタリア語で博士の意)。この人たち、やな感じがするの」
「おや、マドモアゼル・ラファエラ。よかった、我輩が行かなくてもあなた一人で大丈夫だったようですね。
 プロディジュー! 素晴しい。ここまで強力な観念動力はついぞ見かけたことがない。あなたを連れてきて良かった。まさに力天使の名に相応しい」
 ラファエラと呼ばれた少女は身震いするように屈強な兵士たちから視線をそらし、長身の紳士の夜会服の裾を握った。
「ねえドットーレ、あたし、この人たち嫌い」
「ふむ。どうやらこのムッシュたちは、地上世界からやってきたようですね」
 猫を離し、怖がる少女を安心させるように頭を軽く撫でると、ドットーレと呼ばれた紳士……ファビアン博士は後を続けた。
「彼は兵士です。非常にエクラタンかつブラーヴ……優秀であり勇敢です。しかし、我輩の見るところ、少々エレガントに欠けているようですな。まだ真実からは遠いところにいるようだ」
 鋭い緑の瞳を細め、紳士のモノクルが光った。
「ふむ。残念です――麗しき星の乙女アストライアを求める冒険の敵手たるに、相応しい相手ではなかったようだ」


「2人とも、大丈夫か!」
 黒衣の紳士と少女が佇んでいると、そこへ駆けつけてきた青年がいる。均整の取れた体格、男性ながら美しい銀の長髪。手には手馴れた様子で拳銃を持ち、急ぎ駆けつけてくる。周囲に危険がないことを素早く確認すると、顔を隠していたサングラスを外す。
 端正な顔立ちの、まだ若い青年だった。十分な体格と整った容姿でありながら、どこか作りものめいた印象があるのは、遺伝子を調整されて生を受けた軌道人によくみられる外見である。
「あ、ストラトス
「おや、ムッシュ・ストラトス。我輩たちなら大丈夫です。勇敢なる兵士諸君たちには、しばらく眠っていただくことにしました」
 ストラトスと呼ばれた青年は二人に頷くと、倒れている兵士たちを見やった。表情を険しくすると、手に持っていた変わった銃を向ける。地上世界でも使われている“スターウルフ”によく似た銃……火薬の発火部と運動エネルギー発生方向に工夫を凝らした、無重力環境でも使える無反動銃である。
「汚れた地上世界の人間たちか……お、おいッ?!」
 青年がためらうことなく引き金を引こうとしたとき、それをやんわりと留めた手があった。白手袋を嵌めた紳士の手である。
「戦いはもう終わりました。この勝負は我輩たちの勝ちです」
 青年は端正な顔を険しくすると答えた。
「おいドットーレ! いやドクトゥール。奴らは武装した兵士だぞ?」
 紳士は落ち着き払って人差し指を上げた。
「ノンノン。ムッシュ・ストラトス。――それは、紳士の行いではない」
「なに……紳……士……?!」
 青年は意外な言葉に鼻白んだが、悠然とした紳士にしぶしぶ従うと、銃をしまった。どうも紳士の方が立場が上のようである。代わりに青年は小型トロン端末を取り出すと、気絶している兵士たちを写真に撮った。
「まあいい。リーダーはドットーレだからな。……聞こえるか、ファンタズマ
 星の世界の戦士は軽く額に指を当て、ここにはいない誰かに語りかけるように囁いた。まるで長年連れ添ってきた相棒にささやくように。その声は電子の流れに乗り、観光コロニーの外で待つ無生命体に届いた。
「この地上人たちをもう一度洗ってくれ。それから例の情報を俺のポケットロンに。写真を転送してくれ。そう、それだ」
 ほとんど一瞬のうちに、青年の手の中のトロン端末のスクリーンに写真が現れた。ホログラム映像で手のひらの上に拡大される。そこには、遥か30万km以上下方向、重力井戸の底から軌道シャトルでこのコロニーに昇ってこようとしている数人の男女の姿が映っていた。
「ドットーレ。いや、ドクトゥール。地上世界の連中だが、この北米軍、テラウェアとFCCの合同部隊のほかに、もうひとつ対抗勢力がいるようだ。この連中、一人は知っている。奴らも例の件を追っているらしい」

 紳士は片眼鏡を直すと、その冒険者たちの姿を検分した。活力に満ちた謎めいた緑の瞳がレンズの奥できらめく。
「ほう……運命とは実にエトランジェです。なるほど、プロフェスール・アーチャーの大いなる遺産の秘密に気付いた方が他にもいましたか。なるほど、ご子息と一緒か。
 素晴しい。我輩たちは今度こそ、星の乙女の探索を競うに相応しい敵手に出会えそうだ。今度こそ期待できそうですぞ」
 いつの間にかチャイローンも夜になろうとしていた。完全に整備された空調と照明が切り替わり、軌道の夜の都を照らし出そうとしている。いつの間にか紳士の日傘は仕込み杖の中に閉じられていた。黒衣の紳士はステッキをくるりと回した。
「さて。邪魔者の皆さんもこれで大丈夫でしょう。そろそろ退散することにしましょう。それではムッシュ諸君。オーヴォワー!」
 胸から鮮やかな薔薇の花を一輪取り出すと、紳士は目を回して倒れているムッシュたちに投げた。地上世界より弱い重力の中を薔薇は放物線を描いてゆっくりと飛び、兵士たちの胸元に添えられた。シルクハットに手をやって会釈すると、怪紳士は身を翻して颯爽と歩き出した。
 少女もその服の裾を握るように後に続き、青年も続いた。その足元でニャアと鳴きながら、のん気そうなシャム猫が続いた。


 奇妙な三人組であった。さながら夜の街に繰り出す物好きな紳士、叔父様に連れられての初めての町見物にはしゃぐ姪の娘、そしてしぶしぶ従うお付きの運転手の青年といった風情である。
「ねえドットーレ。あたし、この街をもう少し見物したい」
 危険が去ったからか、表情を緩めたツインテールの少女は期待するように、長身の紳士を見上げた。
「ノンノン。いいですか、マドモアゼル・ラファエラ。星の乙女の探索の方が先です」
「駄目なの、ドットーレ?」
 人形のような少女は悲しそうな目で博士を見上げた。
「うぅむ、仕方ないですねえ。ふむ、あなたはコロニーの外が初めてでしたな。人生は美しく、外の世界は冒険に満ちている。まあ、いいでしょう」
 不思議な力を持つ力天使の少女は顔を輝かせた。
「それから、いいですか、可愛いラファエラ。もう何度も言っていますよ」
 ファビアン博士は物覚えの悪い生徒に辛抱強く語りかける教師のように、少女に向き直った。白手袋を嵌めた人差し指をす、と立てると続ける。
「我輩のことは“ドットーレ”ではなく、格調高くフランス語で“ドクトゥール”とお呼びなさい」
「うん、ドットーレ」



Tokyo N◎VA The Detonation

なんじ、敵手に相応しき冒険者たらんことを。