Rのつく財団入り口

元はTRPG系のWebサイトの入り口だったブログです。最近のIT本の感想など。

宇宙の戦士 -Prelude of Astraia-


 戦いの舞台は、漆黒の虚空。爆音も振動も伝わらない死の空。
 瞬くことのない星々が彩る戦いの空を、君たちは翔けていた。
 背後に浮かぶのはシリンダー型の実験コロニー。視認性の高い大きな文字で“シャングリラ-4”のロゴが記してある。都市まるごとひとつの人口を抱えることのできる居住用コロニーには及ばないものの、数kmはあるその大きさは君たちの機体より遥かに大きい。
 周回軌道で続けられていた先端科学技術研究計画『アヴァロン計画』の中核は、いずれも未知の大陸や伝説の都市から名を取られた8つの実験コロニーだ。コロニー防衛隊に属する宇宙の戦士である君は詳しい内容は知らなかったが、あの“シャングリラ-4”の中でも革新的な科学技術の研究が今も行われているはずだ。
 過去と未来の王の眠る林檎の島の名を頂いたこのアヴァロンが、林檎の紋章の元に集った知の旅人たちが、科学という名の剣を取る開拓者たちが、そして宇宙に浮かぶヒマラヤの理想郷が、いま純粋なる暴力によって侵されようとしていた。


【くそ、オーストラリア軌道宇宙軍の増援はまだか! こんな寂しいエリアを墓場にするのはごめんだぜ。隊長、俺たちだけでやりましょうッ】
【こちらシエラ=2、敵味方信号、反応なし! 強力な電子妨害を確認。一体どこの部隊だ? 日本軍じゃないようだが……】


 君の部隊の友軍機からの通信が聴覚を通過していく。高揚した彼らの言葉も、緊張した息遣いも、空を彩る荷電粒子砲の光も、戦場の外には伝わらない。
 ここはラグランジュ・ポイントL5。母なる地球より実に38万km。光の速度ですら1秒以上掛かる辺境の空。ちらりと見上げた空に浮かぶ母なる地球は、あまりに遠く、小さい。
 君の号令一下、コロニー防衛部隊のウォーカー隊は散開し、猛烈な反撃を開始した。戦術トロンが予測する敵宙間戦ウォーカー部隊規模は2個小隊。君の部隊は一個中隊12機。だが数に劣る敵は相当の手練だった。速度も速く、装備も充実している。たちまち視覚と連動したコンソールが警告で赤く染まっていく。


【俺たちを倒して、コロニーの新技術でも奪うつもりか? させるかッ!】
【こちらシエラ=7。今の攻撃が“シャングリラ-4”に命中しました! あそこでは大事な実験をしてるのに……】


 宇宙で人間が生存できる環境は整備されたとはいえ、母なる地球は誰しもが恋しい。“シャングリラ-4”でも定期的に物資と研究者たちの入れ替えを行っていた。長く宇宙に滞在した科学者と豪州軌道宇宙軍の兵士たちは休暇を喜び、静止軌道上のヴァラスキャルヴへ帰っていた。軌道エレベーターユグドラシルを下れば、そこは母なる故郷だ。
 物資も人員も、防衛力も手薄な今。敵は正確な情報を元に奇襲してきたのだろうか?
 警戒信号が伝わり、静止軌道の楽園の泉から豪州軍の宇宙戦艦が既に緊急発進しているとしても、ここまでは最短距離でさえ34万4千kmある。運よくパトロール中の宇宙駆逐艦がどこかの宙域にいたとしても、ここは辺境のラグランジュ点L5だ。騎兵隊の到着を待っている余裕はない。コロニー防衛隊として雇用された君たちの部隊だけが頼りだった。


【全機警戒! あの青い機体、速い! 見たことのない装備を使ってるぞ。何て強力なジャミングだ……】
【こちらシエラ=9、メイデイ、メイデイ! 戦闘続行不能! だめだ、脱出するっ!】


 爆発する味方機。一際手強いのは敵部隊の青い機体だった。地上世界の戦闘機のような流麗なフォルム。君と同じ、隊長格の機体だろうか。
 未知の部分の多い宇宙だが、国家レベルでの大規模な宇宙軍を保持するのは公式にはオーストラリア、日本の2国だけだ。『アヴァロン計画』には地上世界の多数の組織、企業、学術機関が出資している。日本軍や企業軍の可能性は比較的低い。あの身元を隠した少数精鋭部隊は、どの勢力の戦力だろうか?


 その時、遠くで光が爆発した。真空の宇宙には轟音は伝わらない。衝撃で機体が打ち震えることもない。変化を感知したコクピットに自動で遮光が掛かり、機体のトロンが視覚映像にウィンドウをポップアップし、冷徹に事実を報告する。


【実験コロニー、“エリュシオン-2”が爆発? そんな……】
【おい、あそこじゃ熱核エンジンの実験をしていたはずだぞ……? 攻撃を受けたら一発で吹き飛ぶぜ……】
【こちらシエラ=5。隊長、一番近い“ザナドゥ-3”とも連絡が取れません! 全ての通信が妨害されています】
【全員見ろ! 北極星基点の4時方向、映像を拡大。“アトランティス-1”が沈んでいくぞ! 大穴が開いてやがる。あの軌道では、他のコロニーに衝突するぞ!】


 死後の楽園が消滅していた。モンゴルの歓楽の都も攻勢を受けている。そして……20世紀に人々の夢を乗せて飛び立ったアメリカの宇宙船と同じ名を取った1番目の実験コロニーが、墜ちようとしていた。
 宇宙には下方向はない。地上世界での燃焼で発生する煙も現象が違う。だが、損害を受けた1番目の実験コロニーが動きを変えていく様は、沈むと言い表すのに相応しいものだった。
 他の実験コロニーの状況は完全に不明だった。ティルナノーグ-5、アルフヘイム-6、ホウライ-7、アルカディア-8は無事なのだろうか。それとも、もう……。



 激戦は続いていた。あの青い機体はいつの間にか人型ウォーカーに姿を変えていた。手持ち型の強力な兵器で的確な打撃を浴びせ、強力な電子妨害で周囲を牽制すると、再び戦闘機形態に変形する。軽やかに虚空を舞う様は青い亡霊のようだった。戦術トロンが高レベルの脅威を警告する。
 君はその機体を認めた。
 その機体は君を認めた。
 ふたつの機体がすれ違ったとき、一瞬だけ時が止まったような気がした。大気圏内での運用も可能なのか、地上の空を翔る戦闘機に似た翼を持つ美しい流線型のボディ。操縦席は恐らく複座でなく単座。
 ノーズに描かれていたのは幽霊のペイント。
 流れるように描かれていた文字は――"Fantasma"。


【可変型ウォーカーか? 見たこともない新型だぞ? くそッ、ECMが効かない……ダメだ、被弾する! メイデイ、メイデイ!】
【注意しろ! あの武装、光学兵器じゃない……質量兵器か?】


 味方機が弾き出した情報が、電脳上で完全に連携した君の機体のディスプレイにも直ちに映し出された。
【こちらシエラ=5。解析結果、出ました! 隊長、気をつけてください。その青い機体、電磁加速式のレールガンを装備しています!】
【おいッ、ガウスライフルだと!? どこの軍もまだ使ってないぞ。あれほどの小型化に成功していたのか……?】


 部下たちの驚愕の声が耳を掠める。物体を超高速で射出、純粋な運動エネルギーで打撃を与えるレールガンは21世紀に夢が形となり、ニューロエイジ世界では兵器として実用化された。
 だが、電磁誘導に必要な膨大な電力は未だに解決されていない。非実用的なまでに弾数を犠牲にした短機関銃サイズの“ジャッカル”のような数少ない例外を除けば、駆逐艦クラスの大型艦船に搭載する大型兵器として運用されるのが常だった。


 強力なレーダー妨害と電子妨害ポッドの射出、電脳攻撃により、戦場での電脳回線は混乱していた。共用チャンネルの帯が敵味方の専用回線と入り混じり、混戦が発生する。
 再び人間型に変形した青い機体に向きを変え、君が攻撃に移ろうとした時。ディスプレイ上の機体に重なるように、コミュニケーションチャンネルの窓が開いた。接触してきたのは敵機のパイロットだった。


 まだ若い、端正な顔立ちをした青年だった。流れるような銀髪、均整の取れた体を覆う青ベースのパイロットスーツ。ヘルメットも付けず、首筋にコードがワイヤードされている。。恐らく先方のコクピットは全方位型スクリーン――完全電脳没入型だろう。
 瞳に満ちる静かな闘志。遺伝子調整された軌道の人間を思わす均整のとれた完璧さ。だが彼は、冷たさの他に作り物めいた儚さのようなものも備えていた。


『少しはやるようだな。そうでなければ面白くない。
 ――名を、聞いておこうか』


 君は彼の瞳の奥に光を見た。
 地上人を蔑むことしかできない、特権階級人の傲慢な瞳とは違う光。
 民間人の虐殺に愉悦を感じる、殺人者の暗い瞳とも違う光。
 紫がかった瞳の奥にあるのは――星の戦場を翔ける、純粋な戦士の光。
 君が自分の名と部隊名を告げると、銀髪の青年は頷いた。


『その名前、覚えておこう。
 俺の名はストラトス・ファロン。俺のファンタズマが、お前たちを死へと運ぶだろう』


 彼は静かな自信と共に答えた。君は直感した。ストラトス・ファロン。地上世界でこの名をどんなに探しても、何も手がかりはないのだろう。どの国の国民情報にも、軍の所属要員データベースにも、検索エンジンにも。
 青い亡霊が人型を取った可変型電子戦ウォーカーは、手に持った兵器を向けた。マッハ7以上の超高速で弾頭を射出する強力なガウスライフル。純粋な力を持った運動エネルギー兵器。電磁誘導の光があの銃身に満ちた時、こちらの運命は決まる。


『重力井戸の底の地上人に、この星々の世界の真実は分かるまい。
 教えてやろうか。俺たちの戦術目標はこの“シャングリラ-4”だけではない。今ごろ他の機体が、別のコロニーに向かっているだろう。
 どうする? 武装解除するなら、今なら降伏は受け入れよう』


 彼の言葉が終わる前から、君の答えは決まっていた。ここが母艦のブリッジだったら……君を敬愛する部下たちは全員無言でこちらに頷いていただろう。残存する味方機からの通信は入らなかった。だが、振動も伝わらぬ真空の虚空でさえも、ウォーカー隊の全員の心は伝わってきたような気がした。
 人類の見果てぬ夢を乗せた『アヴァロン計画』を――今、君たちが、護っているのだ。


 その時、空電音に似たジャミングの雑音と共に、沈黙を割って通信が入った。帯域が混乱した共用チャンネル。君たちの防衛隊にも同じ声が聞こえてくる。敵パイロットから隊長への緊急通信だった。


【ファロン隊長! 大変です!】
【どうした】
【“アルカディア-8”が……消えました】
【なんだと?】


 その言葉に、銀髪の青年の顔に明らかに動揺が走った。
 君たちの知る名だった。『アヴァロン計画』の8番目、最後の実験コロニー。ギリシャの伝説の理想郷、聖杯への手がかりを記した地の名を頂くコロニー。スタンフォードトーラス型のあのコロニーは粒子加速器を有し、確か、どこかの大学教授が指揮を執り、様々な先端科学研究が行われていたはずだ。


【どういうことだ。あれは重要な戦術目標だぞ。詳しく話せ!】
【わ、分かりません! レーダーから突然反応が消えました。電磁/光学情報ともに消滅。電脳空間上でも消失しています。一帯にはそれらしき破片が……爆発したのかもしれません。
 まずい、隊長。この会話は連中に聞かれます。暗号回線にシフト!】
【分かった。すぐに行く!】


 所属不明機ファンタズマガウスライフルの銃口を下ろした。バーニアを吹かし姿勢を整え、離脱の体勢を取る。その頭部が君の方を向いたとき、スクリーンの中の彼も君を見た。


『命拾いしたようだな。
 また会おう――星の戦場で』


 コミュニケーションチャンネルが閉じるとき、ストラトスと名乗った青年は、君に向かって微笑んでさえいるように見えた。
 滑らかな変形は数瞬だった。ガウスライフルから手を離し、見る間に翼を備えた戦闘機形態へと姿を変ずる。流線型のボディにライフルが収納され、可変型電子戦闘機は炎を吐くと漆黒の宇宙を飛翔していった。


 損害を被った“シャングリラ-4”を背に、後に残されたのは君と生き残った友軍機だった。
 オーストラリア軌道宇宙軍の援軍が駆けつけ、虚空の戦場に終幕が訪れたのはだいぶ後になってからのことだった。



◆     ◆     ◆     ◆


 『アヴァロン計画』への正体不明部隊の強襲の中で、最も激しかったあの戦いは“シャングリラ-4防衛戦”として語り継がれることになった。
 君たちの善戦は空しく、損害は大きいものだった。実験コロニー“シャングリラ-4”は護られたが、熱核エンジンの事故により“エリュシオン-2”は爆発四散。“アトランティス-1”は失速して他のコロニーに衝突、他のコロニーやステーションも重大な損害を受け機能不全。“アルカディア-8”も爆発して消失と伝えられている。
 生存者や科学的成果物はできうる限り回収されたが、『アヴァロン計画』は中止となった。ニューロエイジでは珍しい企業主導型でない計画、豪州政府と各国、研究機関が力を合わせて人類の夢を切り開くはずだった計画が費えたことは、“ユートピア崩壊事件”として世の識者たちを、知の世界の探求者たちを嘆かせた。
 人員や装備の入れ替え時期ではあったが、それでも多くの貴重な命、科学者や研究者の貴重な頭脳が失われたと聞いている。


 38万km彼方の月周回軌道には、黒い猟犬の鼻も、四面のソロネの瞳も届かない。犯行勢力については宇宙海賊だとも傭兵だとも言われ、公式にはテロリストとしか発表されなかった。
 だが、君は覚えている。企業軍の最新鋭実験部隊にも劣らぬあの精鋭部隊は、断じて宇宙海賊などではなかった。
 ストラトス・ファロンという名は予想通り、幾ら調べても何も出てこなかった。
 地上世界の地を、空を翔けながら、君はふと思う。
 重力井戸から解き放たれた星の世界に、あの銀髪の青年は今もいるのだろうか。
 あの青い亡霊ファンタズマは、今もどこかの星の戦場を翔けているのだろうか。


 そんな時、君は友人の依頼で船を出すことになった。
 出発地は赤道直下、キャンベラAXYZ国際宇宙港。
 軌道エレベーターユグドラシル”に沿って上昇、地球脱出速度を突破してL1地点のチャイローン・ジャンクションに寄港。
 最終目的地は、母なるガイアより38万km彼方、ラグランジュ点L5――あの時の戦場跡だった。



Tokyo N◎VA The Detonation


星々の導く航海の時、しばし待たれよ。