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『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』

 話題の時期に若干出遅れた感がありますが、映画ニッキを上げてみます。


 あの押井監督が新作を出す。今度は飛行機で空中戦だ。しかも今度はエンターテイメント性も少しはある(らしい)! 本当なの……か?w
 というわけで熱心な押井信者と言うわけでもない僕も夏休みに観てみました。
 アニメーション作品でこうした空戦を扱った作品というと、ジブリ作品ならナウシカラピュタ紅の豚が懐かしいところ。『戦闘妖精雪風』も強く印象に残っています。一番最近というとアレですかね。WWIIのパイロットから名前をもらったウィッチーズの美少女が空飛んじゃうアレとかでしょうか。


★舞台は。我々の住む地球だけどこの地球ではない、歴史が別の進み方をした別の世界。プロペラエンジンの戦闘機がドッグファイトをしていた第二次世界大戦が米英連合軍の進撃で終わらずに、その後企業同士がショーと化した戦争を続けている世界。ジェットエンジン核兵器や衛星や現代の超高度のテクノロジーのような、どちらかの国が一方的に勝利する兵器はその後封じられ、プロペラで飛ぶ戦闘機だけがいびつな進化を遂げ、大空で戦い続けている世界です。(な、なんだってーーー AA略
 この設定自体がもう壮大な妄想と言うかファンタジーなんですが、確かに空戦を描きたいなら面白い設定ですね。


★そしてそんな戦闘機に乗り込んで終わりのない永遠の戦争を続けているのはキルドレ、実は作中でもあまり具体的な説明や科学的な裏づけがないのですが、遺伝子操作か何かで生み出された10代の子供たち。撃墜されて死ぬとまた代わりがすぐやってくる。記憶も少し残っていたりする。つまり綾波レイよろしく「私には、代わりがいるから」と無表情に言っちゃうようなキャラが大量に出てくるわけですよ。(な、なんだってーーー AA略


★そんなキルドレの主人公函南 優一は日本人ですが、ヨーロッパのどこかの基地に配属され、戦いが始まるというところから物語は始まります。
 基地の周りは自然に満ちていて具体的な言及はないのですが、どうも東欧らしいですね。クレジットでもポーランド語担当の人の名前が出てきます。押井監督ならポーランドなのも納得か。(でもドライブインのマスターは普通に日本語を喋ってましたがw)


★過去の押井作品に漏れず、背景美術はもの凄く綺麗です。空では戦いが続いていてもどこか静けさに満ちた基地。そこへゆったりと着陸する戦闘機。緑に満ちた草原。ちらっと出てくるバイクや車、ラジオやジュークボックス、娼館の小物に至るまで入念に描きこまれています。
 大規模作戦の後、主人公たちがヨーロッパの町の夜にボーリングに飲みにと繰り出す場面がありますが、ここも背景がとても綺麗。(フランスかヨーロッパあたりなのかと思ったら、どうもここも東欧のようです)


★背景で綺麗なところといえば、主人公たちの基地の一室に美しいオルゴールがありますね。いつも同じ曲しか流れないオルゴールはキルドレたちの運命を象徴しているのですが。このオルゴールがアップになって曲が流れる美しいシーンなんかは、『イノセンス』的ないつもの演出ですね。


★舞台が第二次世界大戦後の西暦何年ぐらいを想定しているのかは確証は持てなかったのですが、少なくとも現代の21世紀ではないし、だいぶ古き良き時代の感じですね。車のデザインも古いし、店には古めかしいラジオやジュークボックスもあります。基地へ連絡する電話もコインを入れてますし、基地司令官の草薙水素の部屋の机にはディスプレイらしきものがありますが、キー音はコンピュータでなくむしろタイプライターっぽいです。
 パンフレットによると、ドライブインで人々が見入るテレビのリモコンらしきものをマスターが操作するシーンで、ちゃんと有線であることも描写されているそうです。(ここ、見逃した!)


★そんな丹念に描かれた背景の中でいっそう、登場人物たちの無機質さや低温感めいたものが際立ちます。作品として狙っているのもあるのでしょうが、キャラクターたちの触れ合いや台詞も基本が低血圧系で口数が少なくて意味深で、まあつまりあちこちエヴァみたいな感じなわけですよ。w


★基地に配属される主人公の函南優一(カンナミ ユーヒチ)も熱血漢というわけでもないし、ビジュアルもぬぼーっとしていて運命に翻弄されてしまうタイプですね。相棒がプレイボーイなのが救われています。


★隊員たちの普段の生活の何気ない描写なども続くのですが、とりあえず要注目なのは煙草に火を点けた後にマッチを折る動作と、新聞を読んだ後の折りたたみ方です。w


★そして重要人物がヒロインの基地司令官の草薙水素(クサナギ スイト)。この人も危ない人で無機質系で綾波っぽいですね。どうでもいいですが、『攻殻機動隊』の草薙素子と名前が似ていてややこしいです。w


★作中、隊員が寝泊りできる施設で二人が夕食するシーンがあるのですが。主人公が時計を見ようとすると草薙水素が「帰るの?」という場面があります。オトナの時間の誘いをしているオトナなシーンなのですが、この後。
 草薙水素は自分から軍服の上着を脱ぎだすのですが、目線が主人公の方を向いていません。目が据わっていてコワいです。『イノセンス』の人形みたいです。先生、萌えられません!w
 じゃなかった、その後も台詞が「あなたも殺してほしい?」なのでかなりコワいです。きょうびの流行のヤンデレです。かなり重症です。押井作品にもヤンデレの時代がやってきました。w


★と言う感じで主役2人の絆も作中では描かれるのですが、これも歪んだ愛のひとつカタチとも解釈できますが……やっぱり押井作品好きな人以外の一般観客にはうまく伝わるのか、登場人物たちに共感できるのか、というと難しいんじゃないかなあと思いました。


★主なキャストは声優でなく若手の俳優を使っているそうなのですが、これも草薙水素はいまいちかなという感じはしました。(声の演技がいまいちなところもあるし、可愛くない) 脇役のエキストラですごく上手い人と並ぶと明らかに差が分かるシーンがあります。
 まあ日本のアニメに大量にいる中の人が同じ美少女ボイスでは作品に似合いませんし、押井監督なりの理由があってキャスティングしたそうなのですが。


★そして肝心の空戦シーンは。これは本当に素晴らしいです。見ていて鳥肌が立ちます。背筋がゾクゾクします。最初のタイトルバックから続く一連のシーケンスや、主人公たちのコクピット視点からの目まぐるしく変わる空の情景。地上の設備やダムの建物をかすめて大空に舞い上がる戦闘機。音響も良くて腹に響く機銃の音が大迫力。
 途中も飛行シーン自体はそれほどは長くないですが、どれも見ごたえ十分です。嵐の中の戦闘シーンは、撃墜されて戦闘機が海に落ちると観客の視点のカメラには水滴が掛かる演出まである凝りよう。夜の街の上空をゆったりと飛ぶ飛行機や、超巨大爆撃機と並び、雲の上を飛ぶ大編隊の迫力。
 現実には実現しませんでしたが、巨大なプロペラを幾つもつけたこの巨大な爆撃機はかなり燃えますね。(撃墜されてしまいます が!w) なんとなく、懐かしの『風の谷のナウシカ』のコルベットガンシップの戦闘シーンを連想させますね。


★主人公たちが乗る戦闘機は、現実には発達しなかった機体後部に二重プロペラがある戦闘機「散香(さんか)」。このネーミングもなんとなくキルドレの運命を暗示しているようです。
 航空力学の詳しいハナシなどは分からないですが、このプロペラが後ろにある不思議な形の戦闘機が本作には大量に登場します。
 青空と白い雲をバックに、これらの戦闘機が3次元の動きで舞い、戦いそして散っていくシーンは本当に美しいです。


★現実世界に考慮してか、現実の戦争とは関係ない架空世界の戦争となっていますが、主人公たちが属する企業はヨーロッパ側、対抗するもうひとつの企業はアメリカ側ですね。ちょっとだけですが世界地図が映る場面があり、芸が細かいことに海岸線が現実と少しづつ違っています。巨大爆撃機で編隊を組んで大規模戦闘に出撃するシーンは、大西洋を越えて北アメリカ大陸へ向かっています。(予告編でも登場しましたが、明らかにイギリスのロンドン時計塔と思わしき建物の頭上を飛行機が飛んでいくカットがあります。)


★そしてクライマックスは。作中でもコクピットの姿は見えず、戦闘機にペイントされた豹のマークだけが不気味さを強調する最大の敵“ティーチャー”に主人公は戦いを挑みます。本作でティーチャーが示しているものは、乗り越えるべき壁、大人の象徴であるそうなんですが……
 まあ押井作品なんで、こうなるんじゃないかなぁとは半ば予想はしていたのですが。予想通りの結末でした。w


★この作品を通し、空戦以外に監督が言いたかったのは何なのか。パンフレットによると、若者に希望や生きる意味、意志を与えたかったとのことですが。これが表現されているのはきっと終幕なんでしょうね。クレジットが流れた後、しばらく作品は続き、オープニングのシーンを繰り返すのですが。ここで草薙水素の台詞、仕草、表情が少しだけ違っています。(眼鏡をすぐ外すし、主人公に微笑みかける)
 この短いシーンで、運命はいつか変えられることを暗示したかったのではないかとも読み取れるのですが、う〜ん一般観客にそれが通じるのかというと微妙です。w


★他にも押井作品の例に漏れず、伏線らしいのだが結局よく分からずに終わってしまうマテリアルはけっこうある感じです。
 例えば、ドライブインに主人公たちが赴く時にいつも入り口で座り込んで寝ている老人。これは絶対に伏線の前振りだろうと思っていたのですが、結局何もないまま終わってしまいました。w
 パンフレットを見ると、この老人が実はXXだったのかもしれないという暗示が書いてあります。他にも誰それの同一人物性の可能性など、何通りかに取れる理解が書いてあり、読むとなるほど、とは思うのですが、映像を見る限りでは読み取るのは難しいですね。ヒントが少なすぎです。一般ピープルの観客は絶対気付かないと思います。むしろ空戦以外のシーンで寝ちゃう人もきっといるよ!w



★そんな感じで、総論するとやはり押井作品は押井作品であったという感じなのですが。空戦シーンだけでも十分に見所はあります。間違っても女の子と見に行ったり家族連れで観に行ったりするには向かない作品ですが、ゲーム仲間と観に行ったりするには面白い作品でしょう。観たけど満たされなかった場合は次は『崖の上のポニョ』で癒されるとよろしいかと思います。w

 とりあえず観た後に、空を見ながら無性に煙草が一服したくなる作品でした。ミートパイもちょっと食べたくなったかも。