Rのつく財団入り口

ITエンジニア界隈で本やイベント、技術系の話などを書いています。

天星石の旅人たち、約定によりてここに集うの事

 あらゆる時間と空間、論理と辻褄の全てを超越した場所。星々の定めが導く今宵のこの場所、メタの魔力の満ちるひよこの国のひよこの城に、時の旅人たちが一堂に会していた。





 とことこと歩いてくると、テーブルの短辺にしつらえられた豪華な玉座にちょこんと乗っかったのは、ぴよぴよと黄色いサムシングである。
 面々をここに召喚した主の登場に、すでに着席していた面々は立ち上がった。椅子を後ろに立つと、それぞれなりに一礼する。


「これは、ひよこさん。いつもお世話になっております。今夜は大事な会合ということで、わたしたちもお邪魔しました」
 ぺこりと頭を下げたのはひとりの少女だった。柔らかな亜麻色の髪が揺れ、額の髪飾りが前髪をまとめている。頭を下げた拍子に胸の首飾りが服の上から離れ、束の間光を放った。蛇をあしらったお守りである。
 背もさほど高くなく、歳は十代の後半であろうか。不思議な銀色の瞳をした可憐な少女は、ヌーヴ連邦の者が見ればイタリア行政圏辺りの出身だろうと見当がつくことだろう。優しそうな少女はN◎VAの先鋭的なストリートではなく、美術館や占いの店が似合いそうな、神秘的でどこか古風な雰囲気を備えていた。


「へえっ、ひよこ様に直接お目通りできるとは光栄でやんすね。ってわけで、今日はお店も早めに店じまいして、あっしとアマーリア様もこうしてここにやってきた次第でやんす」
 少女の横から発せられた声は、明らかに大きすぎる椅子の真ん中にちょこんと座っている緑色の存在から発せられたものだった。妙な色をした小さなトカゲ、いや違う。そのものには爬虫類の翼があった。CHIHAYAトイズ製の精巧に作られた竜のドロイドだろうか。それも違う。間近でよくよく見れば、鮮やかなミント色の鱗も、くるくる動く目も、ぱたぱたと動く翼も、全てが本物の生き物のものであることが分かるだろう。
 小さな竜はその名をダンテといい、アマーリアと呼ばれた少女――アマーリア・ガブリエリに仕える使い魔のドラゴンである。


 少女と竜の向かいに座していた面々も、立ち上がると一礼した。
「ほかならぬひよこ総帥閣下の直々頼みとあらば、むげに断るわけにもいくまい。我が名はリーゼロッテ・リリエンタール。紫の女卿、これに。今宵、我ら三名、星の定めに従いここに参上した」
 すらりと立った女性は、六芒星の刻まれた手袋を嵌めた手を左の胸に当てると、優雅に一礼した。金糸のルーン文字が縫い込まれた紫色の豪奢な長衣はコート仕立て、左手には小振りな魔法の杖を持っている。
 一礼と共にふわりと広がった髪は赤茶色、ウェーブの掛かった豊かな髪は額で分けられ、肩から後ろへ、腰まで続いている。睫毛の奥の瞳は青灰色、毅然とした佇まいは十分に美しくもあり、人の世の理を超えた何かをも感じさせる。差し込む月光に照らされる白すぎる肌は、彼女もまた時の旅人であることの証である。
 いにしえの世であれば一国の姫か、兵たちを率いる女性騎士か魔術師結社の重鎮か。今の世であれば巨大企業のエグゼクティブか。
時を歩むのをやめた外見は定命の者であれば30歳前後に見えるその女性は、名をリーゼロッテといい、闇の貴族の一員である。そして、彼女の胸元にも、鎖に繋いだ蛇をあしらった魔法のメダルが添えられていた。


「いかにも。リーゼロッテ様に従い、それがしも共に参上つかまつる。ブラザー・マテウス、これに」
 左手の指を立て、小さく一礼すると、横にいた修道僧は着席した。後ろの壁には木製の杖が立てかけてある。使い込まれた杖には古いラテン語で聖人を讃える文句が刻まれていた。
 禁欲的な東洋の僧侶を思わす簡素な僧衣、頭髪はきれいに刈り込まれて頭の形がくっきりと見える。視力を失っているのか、鉢巻の如く目を覆い後ろで縛った布製の眼帯がそのまま流れていた。紫の布にはこちらも秘密のルーン文字が縫いこまれ、光を失った僧はそれでも、玉座の上でぴよぴよしているものの方をしっかりと見据えていた。
 褐色の肌は比較的細身であったが、引き締まった体は修行の中で鍛え上げているのが歴然である。風の如く静かに佇む僧であった。


「おうおうおう。地鳴りのゲッツ、並んでここに参上するぜ!」
 親指を立ててニッと笑うと、サイズの合わない椅子にどすんと元通り腰掛けたのは、人語を喋ったが人間ではなかった。ふさふさした灰色の毛並み、傷跡のある逞しい体は人間であれば身長2メートルにも届くだろう。腰布の他は服らしい服も鎧もほとんど身に着けておらず、ブルドックを模した番犬ドロイドがつけているような痛そうなトゲトゲの首輪を首につけている。壁に立てかけてあるのも、これまた当たったらとても痛そうな戦槌だった。戦槌には今はもう失われた言葉で、古代の北欧の神々を讃える言葉が刻まれている。
 そのものの首から上は犬か狼そのものだった。琥珀色の瞳はらんらんと輝き、口の中には牙が並んでいる。獰猛な猛獣のようにも、それでいてどこか愛嬌があるようにも見えるその顔を側でよくよく眺めれば、着ぐるみと片付けるには少々無理があるのが分かってくるだろう。
 名をゲッツという彼は正真正銘の本物のワーウルフであり、好戦的な部族の出の若い人狼である。


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 星々の導きによって一同が会したのを見て取ると、玉座の上の黄色いサムシングはぴよぴよと口を開いた。
「本日きみたちを呼んだのはほかでもないのだ。もうすぐ、第七の星杯探索が始まるのだ」
 一同の間からおお、と小さくどよめきが起こった。星々の金属で鍛えられたという夜の聖杯、セレスタイトの杯にまつわる物語が、いまふたたび幕を開こうとしているのだ。
 ひよこはぴよぴよしながら続けた。
「Rのつく組織としては、視聴率を稼ぐひつようがあるのだ。そこできみたちには、ヒロインぢからを補完してほしいのだ。これは総帥命令なのだ。ひよこのマークの命令書もここにあるのだ」
 予想しなかった言葉に、広間は数瞬のあいだ沈黙が流れた。時がふたたび動き出した後、驚愕した一同はそれぞれにざわめきだす。
 目を丸くした少女は困ってお付きのドラゴンと顔を見合わせ、小さな竜は口を開いてあるじを見上げた。吸血鬼の女卿は整った眉をひそめると顎に手をあて、盲目の修行僧は難しそうな顔をし、ワーウルフはぽかんと口を開くと、机の向かい側の小さなドラゴンと目が合った。


「ヒロイン……ぢから……?? まあ、ダンテ、そんなこと急に言われても……どうしたらいいのかしら?」
「ななな、なんでやんすかね。聖杯戦争のまねっこでもすればいいんでやんすかね?」
「うむ、不可避の総帥命令とはいえ……なかなかに無理難題だな」
「御意に。これはまこと、異なことを承ります」
「お、オイなんだよこりゃあ。オレたちで誰かをやっつけるとか、そういう話じゃなかったのか?」


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 一同はそれぞれに口を開き、場は騒然となった。その中でひそひそと隣同士で会話を始めたのは、修行僧と人狼である。

「お、おいおいマテウスの旦那、どうすりゃいいんだ? ヒロインぢからつったって、オレなんかじゃ到底できそうにないぜ」
 神妙な顔をしたワーウルフに、物静かな僧はうむ、と軽く頷いた。
「然り。ものの本によるとヒロインは女性でなくともよいそうですが、概ね若い女性になるのが世のTRPGの慣わしの模様。
……時にゲッツ。おぬしの世界では、好ましい女性の基準というのはどこに?」
「ん? オレたち月の子の種族での話か? そうさなぁ……」
 月の女神たちの加護にある狩人の一族の末裔は、ふさふさの太い腕を組んで考えると、やがて答えた。
「オレの部族では、年に1回力自慢のいくさ人が集まって祭りの中で武闘会を開くのよ。刺青に戦いの紋様を刻んで、さながら本物のいくさと同じだな。血が流れるのは当たり前、大怪我するヤツもいるし運悪く死んじまうヤツもいるさ。だがオレたちワーウルフは栄えある戦士の一族。いくさの中で果てるのは最高の栄誉よ。
 そうさな、その祭りで力比べでこのオレ様に勝ったら、そいつはイイ女だな」
 ワーウルフはにっと笑うと親指を立てた。修行僧は表情を変えなかったが、口を開くまでの数瞬の沈黙が、その感想を雄弁に語っていた。
「………………ゲッツ。その話、人間の娘の前ではせぬ方がよい。受けて笑いを取れればよいが、相手によっては確実にヒきましょう」
「うぉ、ダメか! そいつはアレだな、さいきん人間の世界で流行ってる例の“空気を読む”ってヤツだな?! わ、分かった。覚えとくぜ旦那!」
 ワーウルフはぎょっとすると、今の話を少ない頭の中身に刻み込んだ。
「然り。N◎VAの国際見本市会場では年に2度、その手のイベントもやっているはず。ワーウルフ萌えの本があるのかは存じませぬが、人間の嗜好を知るにはおぬしも一度、足を運んでみるとよろしかろう」
「お、おうそうか。で、ヒロインぢからの話だが、やっぱりオレやマテウスの旦那じゃあ無理そうだなぁ」


 人狼は灰色の毛並みの頭をぽりぽりと掻き、う〜んと考えた。かつて“均衡の剣”と呼ばれた修行僧マテウスはしばし頭を垂れ、手首に巻いた布に手をやった。あたかも、かつては、そこに簡素な十字架のお守りがあったかのように。
「いかにも。それがし、神の名を捨て光の道を失い、宵闇の中を彷徨う身。それがしのような者には、到底務まるものではありません。真教は結婚を禁じてはおりませんが、年頃の見習いシスターにでも頼み込んで代わってもらうぐらいしか……とはいえ当てもなし……」
「うぅ〜む、オレたちとしちゃあ、やっぱりリーゼロッテ様に頑張ってもらうしかないのかなぁ」
 盲目のモンクは眼帯に触れると、かつては仇敵だったアヤカシの戦士に言った。
「それがしも同意見。リーゼロッテ様は露出度は低めだが、十分に美人のはず。光を失ったそれがしにもそれぐらいは分かります。裁縫が得意なのも密かにポイントでありましょう。
 御本人は語ろうとしませぬが、かつて祖国の日光の下を歩いていた時代は、兵たちにも密かに人気があったと聞きます。やはりここは、紫の女卿を盛り立てるとしましょう」
「お、おぅ、そうだなそうだなそうしよう。なんかこう、パーッと別の衣装でも着てもらえば、いいんじゃねえかな」
「承知。ゲッツ、おぬしもたまには良い事を思いつくな。リーゼロッテ様は上背もありスタイルもよい故、どのような服でもきっとお似合いになるでしょう」
 頷く修行僧の横顔を、ワーウルフ琥珀色の目を光らせて感心したように覗き込んだ。
「なんと。旦那、目が見えないのにそこまで分かるのか? これもその魔法の眼帯の力か? それとも修行してるからか? 大したもんだなぁ」
 僧はふと表情を緩めると、左手の指を立てて一礼した。
「それがしの心なら、あの日の夜に死んでおります。この目が光を失いしあの夜に。とはいえ心の眼で見れば、これぐらいは分かること」
「おぉ、そうなのか。オレも今度、旦那を見習って修行するかなあ。修行してその心眼ってヤツを使えるようになりたいもんだぜ」
 自分に欠けている想像力をことについてワーウルフが修行を考えていると、モンクははっとしたようにその手に触れた。あたかも不埒な賊の不意打ちにいち早く気付き、風の如く反撃に移る合図のように。


「待て、ゲッツ」
「おうよ。敵かッ?!」
「いや……会話の方向がだめに向かっている。このようなだめ会話を続けていては、我らの人となりが崩れてしまうというもの。
 それがしもおぬしも、天星石の杯を巡る物語においては剣の持ち手の座を表すはず。姫方の服装などによからぬ妄想をしていたとあっては、我らが名折れとなりましょう。ヒロインぢからとやらは後に任せ、ここは控えているがよろしかろう」
「お、おぅおぅそうだな。そりゃあれだな、人間の世界で言う“キャラが崩れる”ってヤツだな。そいつはまずいな。オレ様も剛力無双のいくさびと、地鳴りのゲッツと呼ばれた身よ。ワーウルフの快男児の名が汚れたとあっちゃあ、人狼の英雄たちに申し訳が立たねぇな。承知したぜ!」
 若い冒険家は親指を立て、一人と一匹の戦士はひそやかに約束を交わした。


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 おほん、と軽い咳払いが聞こえてきたのは、戦士たちの主君の方からであった。紫の長衣の女卿がちらりと横を向くと、豊かな赤茶色の髪の陰から横顔が覗いた。
マテウス、ゲッツ。何か、よい案でも思いついたのか?」
「いえ、何も」
「へ、へい」
 その答えを聞くと、リーゼロッテは前に向き直り、長い脚を悠然と組んだ。先ほどの話は、果たして聞こえていたのか聞こえなかったのか。
「命令書つきの総帥命令とあらば不可避ではあるが……ずいぶんと難題を押し付けられたものだな」
 夜の貴族は眉をひそめ、顎に軽く手をやった。
「親衛隊の制服ならば防護の呪文を掛け、祖国遺産協会と少尉の徽章と共に取っておいてはあるのだ。だが私が着たところで、ごく一部の熱心な歴史ファンや軍事マニヤにしか受けないであろう。
 古来より、魅了の呪文は世界中の魔術系統に存在するし、護符や儀式でも可能だ。とはいえ、そのヒロインぢからとやらのためにこの力を使うのは、真理を求める魔術師の名を汚すというもの。
 色仕掛けで男を惑わし、餌にする女吸血鬼は確かに古来より多いのだが……私もその範疇に入れられてしまっては、夜の民に対する侮辱に等しいというものだ。
 はてさて、これはどうしたものか。弱ったな」
 さすがに予想していなかった会合の流れに、典雅な吸血鬼が困っていると、机の向かいに座っていた少女がおずおずと、思いつめたように席を立った。
「あの、リーゼロッテさん。実は――」
「だが、我らにはそなたがいるな、錬金術師の娘よ。星の杯を求める魔法の探索の物語、ヒロインの座とやらには、そなたのような可憐な娘こそが相応しいであろう。我らは神に背いた種族とはいえ、大天使ガブリエルもきっと見守ってくださる。これで解決だな」
 紫の女卿はそっと微笑んだ。だが、亜麻色の髪の少女は胸のお守りをぎゅっと握ると決意したように言った。
「やっぱり、わたしなんかじゃヒロインは駄目だと思うんです。ひよこさんの頼みです。そのヒロインぢから、リーゼロッテさんにお願いできないでしょうか?」


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 複数系統の魔術を修め、永遠の時の中で闇の深奥に通じた吸血鬼の魔法使いも、その言葉は予想していなかった。青灰色の瞳をぱちくりすると、真面目に頼んでいる少女を見返す。


「…………ま、待て。娘よ。そなたが私にそれを頼むか?」
「わたしも、いろいろな“しなりお”に出てくる“ひろいん”を調べてみたのです。やっぱり、わたしなんかじゃヒロインぢからが足りないと思うんです。ほら、リーゼロッテさんは強くてかっこいいですし、ここはこう、大人の女性の魅力ということで何とかならないでしょうか?」
「ま、待て。我ら時の旅人たるアヤカシに大人も子供もないぞ。だいたい吸血鬼がヒロインのシナリオというのは聞いたことがない。俗に言う枠が狭すぎるというものだ」
 幾らか調子を崩されたかのように、きょとんとした吸血鬼の女卿が少女の攻勢を押し留めつつふと横を見ると、いつの間にか修行僧と人狼の戦士も話を合わせてうんうんと頷いている。
 白い手袋でおほん、と咳払いをすると調子を戻し、リーゼロッテは改めて言った。
「そなたも“しなりお”と称される書物を調べたのだな。私も旧世界や新世界、様々な時代のその類の書物を調べたことがある。新大陸の国と日いずる国では、“ぷれいやー”の趣向も違うようなのだ。
 ――日いずる国か。懐かしいな。天皇の治める帝国だった時代、我が祖国とは同盟国であったな」
 ふと懐かしそうな顔をすると、吸血鬼の魔法使いは続けた。
「新大陸の書物では、派手な衣装や水着の如き鎧を着た大人の女性の絵が多いのだが、この日いずる国の書物では違うのだ。可愛らしい少女やいわゆる美少女の絵が多い。“ひろいん”とやらも同様。さすがは、アニメ発祥の国だな。
 災厄の街の先祖の民は、可愛いものに目がないと見える。“しなりお”に出てくる“ひろいん”も10代の少女が圧倒的に強いのだ。
 さすればアマーリアよ、そなたのような優しい娘こそがPC1の相手には相応しいであろう」
「そうでしょうか。でも、わたしなんかじゃ――」


 少女はまだ悩むように瞳を伏せている。リーゼロッテは再びおほん、と咳払いをすると、一同に机の上の書物を示した。
「そなたらも見るがよい。ひよこ総帥閣下が下さった、天星石の杯を巡る物語の書物だ。今の世ではこれをトレーラー&ハンドアウトと称すという」
 一同はどれどれと、紫と金、魔法陣と記号で彩られた紙を覗き込んだ。リーゼロッテは続けた。
「このトレーラーに記されし予言には、杯の出自と探索行にまつわる幾つもの秘密が眠っているという。
 それに……そう、次のハンドアウトを見るがよい。アマーリアよ、そなたの名はここに記してあるな。錬金術の店を営んでいるそなたであれば、過去に店の常連だったなどと“きゃすと”との関係も結びやすかろう。
 そして、ほら、見るがよい。我が名はここには記されておらぬ。
即ち、アマーリアよ。そなたこそが星の杯を巡るこの物語において、最重要人物であるとの暗示だ」
「そ、そうなのでしょうか……?」
 不思議そうな顔をする少女に、吸血鬼の女卿は微笑むと続けた。
「星々のさだめがそなたを導いているのだ。魔術師の座と共に探索に歩むには、そなたのような可憐な少女こそが美しかろう。ヒロインぢからとやら、なんの問題もないではないか」
「う、う〜ん……」


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 赤茶色の髪の女性と亜麻色の髪の少女が話している横では、残りの一同が机の上の書物に記された秘密を語り合っていた。
 とことこと机の上を歩いてきた小さなドラゴンが紙を覗き込み、ワーウルフの戦士も上からぬっと覗き込む。字の見えぬ盲目の修行僧マテウスだけが、静かに佇んでいた。


「おぅちっちゃいの、オレにも一緒に見せてくれよ」
「へいでやんす。こいつがきょうびの流行りのトレーラー&ハンドアウトってやつでやんす。地下迷宮でドラゴンを倒してた頃に比べると、いろいろ進んできてるんでやんすよ」
 小さな竜のダンテが示すと、人狼のいくさびとゲッツは紙を取り上げて内容を改めた。
「ふむふむふむ。難しい字がいっぱい書いてあるな。予言がこっちのトレーラーで、でこっちがハンドアウトってヤツか。
 おぅ、確かにアマーリアの嬢ちゃんの名は書いてあるな。そんでリーゼロッテ様の名はなし……おっ、このアルドラってのは知ってるぜ。N◎VAの吸血ヒル野郎共の親玉だな。
 なぁるほど、それでお嬢ちゃんの方が大事な役で、ヒロインぢからには相応しいって訳か」
 ワーウルフは独りで頷いていたが、やがて琥珀色の瞳を光らせると難しそうな顔をして、紙をもう一度よく改めた。
「ん? 確かにオレ様の名も書いてないが、マテウスの旦那よ、旦那の名はこのPC3ってとこに書いてあるじゃねえか」
「いかにも。それがしの存在が、剣の持ち手にはいわゆる“もちべーしょん”というものになっているとのこと」
「んん? ってことは、別にリーゼロッテ様が大事じゃないって訳じゃないんじゃないか?」
 ワーウルフは頭を捻ってむむむ、と考え込むと、面々を見た。小さな竜の宝石のような小さな目を眺め、次に表情を変えない修行僧を見やる。
「…………なあマテウスの旦那。さっきからリーゼロッテ様は、あのお嬢ちゃんに無理やり押し付けようとしてないか?」
 数瞬の沈黙が流れた後、修行僧は指を立てて頷くと言った。
「ゲッツ。それがしも先ほどから、同じことを思っておる。だが、ここは捨て置くのだ」
「いやだって、このハンドアウトってヤツには……おっ、後の方にはちゃんとゲスト紹介ってのもあるじゃねえか。ちゃんときれいなイラスト付きで……」
 修行僧の押し殺した声が少しだけ大きくなった。
「――ゲッツ。ここは捨て置くのだっ」
「お、おぅ分かった。こりゃ例の“空気を読む”ってヤツだな。心得たぜ!」
 小声で戦士たちが相談を終えたとき、咳払いの声が聞こえてきたのは、果たして気のせいだったのだろうか。


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 心なしか幾らか安心したようにふたたび席につく女卿の向かい側では、机の上の小竜を前に少女がまだ悩んでいた。
「ねえ、ダンテ、お前がヒロインになるのは駄目なの?」
「へっ? な、ななななんでそこであっしに振るんでやんすか?」
 獅子座生まれのミント色のドラゴンは、手足を広げて大袈裟に驚いた。
「ま、まあ確かに……探索者の中の人が淑女の方々だった時には、不肖このあっしが大人気だったこともありやしたし、新しい使い魔や旅の連れにスカウトの誘いを受けたこともありやしたけど……ふっ、あっしに惚れちゃあいけないでやんすよ」
 ダンテはどこからともなく煙草を取り出そうとしたが、黄色いひよこにここは禁煙だと止められてしまった。
「あっしはアマーリア様をお守りする唯一にして忠実なる騎士。どこまでもお供するでやんすよ。やっぱりここは、堂々のメインヒロインとしてはアマーリア様の出番でやんす!」
 亜麻色の髪の少女は睫毛を伏せると、胸のお守りをそっと握りながら言った。
「でも……。やっぱりわたしなんかじゃ、ヒロインは務まらないんじゃないかしら。
 ほら、最近流行ってるのは、ツンデレとか、ヤンデレとか、そういうのだし、わたしにはそういうのがないもの。急になれと言われても、無理だし……。
 それに、正統なヒロインは、店を持ってるわたしとお前みたいに自立していては駄目で、マスターを探しているわたしみたいなのも駄目で、もっとこう、主人公さんに助けを求めていないと駄目みたいなのよ。
 やっぱり、ヒロイン養成学校にでも、通ったほうがいいのかしら」


 沈みがちな一途な少女を前に、竜は小さな鉤爪の生えた前脚を器用に顎にやった。
「はは〜ん、さてはアマーリア様、自信をなくしていらっしゃるんでやんすね。
 ま、まぁ、確かに中には、輝ける魔術師のケイジ少年や孤高のルーン使いを気取るヘイルの旦那みたいなのもいたでやんすけど……。
 ほ、ほら、いいPC1の男衆だっていたじゃないでやんすか! バベル坊ややチェリーの旦那を思い出してくだせえ! ウィルの旦那に至っては、中の人にホグッとあれだけヒットしてたじゃないでやんすか!
 元気を出してくだせえ。アマーリア様はアマーリア様のままでいいんでやんすよ。あっしはどこまでもついてくでやんす!」
 力説する小さい竜に、錬金術師の少女はそっと微笑んだ。
「ありがとう、ダンテ。お前はいつも優しいのね」
 ダンテは翼をはためかせ、手足を振り回すとさらに続けた。
「皇子イラストの似合う純情可憐なアマーリア様の何がいけないんでやんすか。だがそこがいいでやんすよ。拾うとか拾わないとかそういうのはもうどうでもいいんでやんす。属性のひとつやふたつなんて些細なことでやんすよ。偉い人にはそれが分からんのでやんす!」
 アマーリアはきょとんとすると、不思議そうに使い魔を見た。
「ぞ、属性……? ダンテ、お前、ときどき変なことを言うけど、どこでそういう情報を仕入れてくるの?」
「へ? いや別に……」
「最近、店じまいをしたあとに、いつもトロンで熱心に何かやっているでしょう。SNSに日記を書いた後に何をしているの? わたしに隠れて、何か変なゲームでもやっているの?」
 ニューロエイジ世界に適合した竜はどきっとしたように机の上を後ずさった。
「いや、その、あ、あれはただ、本物の方の聖杯戦争の秘密を探ってただけでやんして……あー、いやいやいやそうじゃなくてでやんして。
 そ、そもそもでやんすね。このショートストーリー自体が本編ではありえない番外編、キャラクターたちの日常を描いた、いわばボーナスディスクみたいなもんでやんすよ。だからアマーリア様も、あんまり細かいことは気にしなくていいんでやんす!」
 亜麻色の髪の少女はうろんな顔をした。
「ぼ……ボーナス……ディスク??」


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 困った使い魔は話を逸らそうと、机の上にあった紙を取り上げた。
「おっ、そういえばこんなところにトレーラー&ハンドアウトが。最後には聖杯探索者名簿がちゃんと載ってるでやんすね〜。
 そうだ! アマーリア様。ここに載ってる探索者の方々に、ヒロインぢからをお願いするのはどうでやんすかね?」
 少女は閃いたように両手を叩くと立ち上がった。
「そうよ。そうだわ! よく考えたら、その手があったわ。ダンテ、よくやりました。物語に登場するのは、わたしたちだけではないはずですものね」
 紫の長衣を翻し、夜の女卿も悠然と席を立った。
「うむ、でかしたぞ、小さき竜よ。ヒロインは女性とも限らぬし、ヒロイン以外の、様々なちからも探索の物語には必要となろう」
「御意に。思えば、それがしとまみえし剣の持ち手らにも、様々な方がおりました……」
 並んで立ち上がった修行僧も左手の指を立てると一礼する。目の見えぬマテウスが思い返したのは様々な人物であった。桜散る神社で出会った巫女の少女、遂に剣を抜くことのなかった金髪の少女の剣士。人狼と一戦交えた聖騎士や巨人族のまことの戦士、半妖の剣士の若者。
「おおぅなるほど。ヒロインぢからってのは“きゃすと”でも大丈夫なのか。こいつは勉強になったぜ」
 大きなワーウルフも腕を組むと思い出すように広間の天井を見上げた。
「ってことは、今まで吟遊詩人の座に来たお嬢ちゃんたちはみんな、そのヒロインぢからってやつが高かったんじゃねぇかなぁ」
 ヴェーアヴォルフの冒険児が思い出したのは、元気いっぱいのトーキーの娘たちや語り部の女性、果ては何でも屋にメイドさんロボであった。
「うむ。天聖石の杯の秘密を巡る物語は豪華絢爛、雅やかな旅路となろう。さすれば様々なちからが必要となる。夜の民の座にも、様々な探索者が舞台に上がってきたな」
 リーゼロッテも懐かしむように記憶をたぐった。秘密の夜の種族として舞台に上がってきたのは闇の舞姫、ダンピールの娘、禁断の恋の代償を背負う死人の姫に孤高の人形の貴族、人狼の若殿。特にヒロインぢからが高かったのは、日本生まれの冬の娘であった。


「そうですよね。物語にはヒロインぢから以外にも、様々なちからが必要ですものね」
 アマーリアも一同を見渡すと言った。「主人公ぢからとか、びっぐなんばーぢからとか、こどもぢからとかおとなぢからとか」
 竜のダンテも机の上でうんうんと頷くと続ける。
「そうでやんす。若ぢからとか渋ぢからとか、おかさまぢからにやさぐれぢからにオモシロぢからとか超人ぢからとか人外ぢからとか、ドラゴンぢからとか爬虫類ぢからとか幾らでも思いつくでやんすよ」


 少女は玉座に座っている黄色いもののほうに向き直った。柔らかな亜麻色の髪が広がり、胸の魔法のメダルが束の間光を放った。
「ひよこさん。お願いされていたヒロインぢからですけど、今回の4人の探索者にお願いするということでどうでしょうか。きっとこの方たちなら、ヒロインぢから以外にも、いろいろな力に満ち満ちていると思います」
「う〜ん、そう来たか、なのだ〜」
 玉座の上の黄色いひよこは困っていた。紫の女卿リーゼロッテも、おほんと咳払いすると話を合わせる。
「うむ。ひよこ総帥閣下は視聴率を気にされておいでのようだが、その点に関してもまったく問題なしといえましょう」
「う〜む、仕方ないなぁなのだ。分かったなのだ。オッケイなのだ〜」
 その答えに一同はどよめき、決定を喜び合った。アマーリアもほっとしたように、晴れやかに笑顔を浮かべている。


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「ダンテ、よくやりました。お前の手柄よ」
「おおっ、こいつは照れるでやんす。次のPC1さんは久々の正統派の魔法使い。使い魔も連れてるみたいで、楽しみでやんすね〜」
 錬金術師の弟子、少女アマーリアが微笑みながら手を取ると、小竜ダンテは机の上で踊るようにくるりと一回転して喜びを示した。
「うむ。いかなる大妖が我が前に現れるか、期待して約定の時を待つとしよう。聖者を貫きし槍の化身とは面白い。前世紀を思い出すな」
 紫の女卿リーゼロッテも悠然と微笑むと、椅子に腰を下ろした。
「御意に。こたびの剣の持ち手は蜥蜴の戦士であると聞きます。あとは夜が、星の定めが我らを導いてくれましょう」
 かつては均衡の剣であったブラザー・マテウスも小さく頷くと着席する。
「おうおう合点承知よ。今度のPC4のお嬢ちゃんもヒロインぢからってやつが強そうだな。まぁそれはそれとして、次こそはオレ様のくだき丸で腕試しがしてみたいもんだぜ!」
 地鳴りのゲッツ、人狼のいくさ人もニッと笑って親指を立てるとどすんと座る。


「ちょっと、無理やり感がありますけど、これで一件落着しましたね」
 アマーリアは胸に手を当てて一同を見渡した。
「わたし、お茶を淹れてきます。皆さんで、お茶会にしましょう」
「おっ、いいでやんすね〜」
「うむ。ケーキなら私が元素魔法で生成しよう」
「これはかたじけない」
「おっ、悪りぃがオレは熱いのがダメなんだ。アイスティーでストローつけてくれや」


 机上には、杯の秘密が隠された予言の一節。そして星々のさだめによって予言された、4名の探索者の名が記されていた。



トーキョーN◎VA The Detonation




第七の探索の刻、ここに来たれり。